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■7/3■めがプリ
 つんく♂P制作(携帯専用コンテンツ)で、"めがプリコンテスト"を行う模様。「めがプリ」とは「めがねプリンセス」と「めがねプリンス」のことで、年齢・性別・視力不問でメガネの似合う人物を募集するらしい。審査員はつんく♂と時東ぁみちゃん。グランプリには眼鏡屋のCoolensから好きなメガネをプレゼント、さらに時東ぁみちゃんからの手渡しとのこと。
 そんなわけで、「めがねプリンセス」と「めがねプリンス」について若干の考察を加える。
 "めがね”と"プリンセス”という単語はお互いに噛み合っていないような感じがあるが、80年代には「メガネのお姫さま」という言葉が流行ったのかどうか、吉田まゆみと緒形もりのマンガ(右図参照)に用例を見ることができる。しかし当代最強のメガネプリンセスが、さーやこと紀宮清子内親王殿下だったことは改めて言うまでもない(既に皇族を離れたが)。
 一方、"めがね"と"プリンス"はかなり相性がいい気がする。一方には『テニスの王子様』という作品に登場する手塚・忍足・柳生など眼鏡軍団の影響があり、また一方には眼鏡王子を名乗る八嶋智人の影響があるからかもしれないが、そもそもメガネとプリンスがお互いに矛盾しない概念と考えられているようにも思う。「めがねプリンセス」だと語感が悪く「めがねプリンス」だと違和感がないところに、文化史的にメスを入れるポイントがあるかもしれない。
 ところで、四谷天窓というライブハウスで、「メガネ王座決定戦」というイベントが行われ、メガネキングやメガネクイーンを決めていたようだ。3回やってグランドチャンピオン大会も行われた模様。こんな感じだったらしい。楽しそう。で、「メガネプリンセス」だとちょっと違和感あるのが「メガネクイーン」だと落ち着くのも、おそらく文化の問題。

■7/6■涼宮ハルヒの眼鏡問題
 7/16に行われる涼宮ハルヒの憂鬱ONLY同人誌即売会『来ないと死刑だから』にサークル参加します。新刊を準備していますが、果たして間に合うか。同人誌のタイトルは『べ、べつにあんたのためにメガネをかけたわけじゃないんだからね! た、たまたまちょっと眼が悪くなっただけなんだから!』を予定しております。
 さて、この『涼宮ハルヒ』という作品、メガネに関して致命的な欠陥を含んでいる。言うまでもなく、長門有希が途中でメガネを失ってしまうことだ。致命的。ていうかキョンは死んで眼鏡に詫びろ。眼鏡者としては、この欠陥を除去する方策を求めなければならない。
 問題の大部分は主人公である"キョン"のキャラクター造形にある。キョンは「眼鏡属性じゃない」と言った。ここに問題の発端があることは言うまでもない。
 仮にキョンが眼鏡属性だった場合、アニメ版最終話でキョンは「おれ、実はめがねっこ萌えなんだ」と言い、「いつだったかおまえのメガネは反則的なまでに似合っていたぞ」と言ったはずだ。となれば、最後の場面でハルヒはポニーテールではなく眼鏡っ娘となって登場したはずだ。そしてキョンの「似合ってるぞ」というセリフに対し、ハルヒは「べ、べつにあんたのためにメガネをかけたわけじゃないんだからね! た、たまたまちょっと眼が悪くなっただけなんだから!」と言ったはずだ。そうに違いない。
 であるから、キョンが眼鏡属性でないことの意味が問題となる。それは「キョンとは何者か」という問題である。
 キョンはごく平凡な人物として設定される。そしてその平凡な人物が非日常に投入されることで物語が動く。これはさんざん言い尽くされているように、「ギャルゲー」の手法だ。ギャルゲーの主人公が平凡な人物であることが多いのは、プレイヤーが感情移入しやすいよう、特色を消して平均化するためだと考えられている。『ハルヒ』では、このギャルゲ的構造が意図的に採用されている。
 では、その平凡な主人公であるキョンが「眼鏡属性ではない」ことは何を意味するのか。認めるのは実に悔しいが、事実だから仕方がないので書く。要するに、大半のギャルゲユーザーが眼鏡属性を持っていないのだ。平均的なギャルゲユーザーが眼鏡属性を持っていたとしたらキョンは眼鏡属性になる。そうでないということは、平均的なギャルゲユーザーが眼鏡好きではないということだ。
 眼鏡者はこの事実を超えなければいけない。どうするか。ここで『ハルヒ』自体の世界設定から考慮し直す。
 『ハルヒ』は明らかにメタフィクションを意図して構築されている。メタのレベルにもいくつかあるが、この問題を考える上で注意したいのは「作者の審級」だ。『ハルヒ』の世界では、ハルヒの願いが世界に反映される。世界設定の変更は通常は神のみに許される立法権限だが、『ハルヒ』という作品がメタ構造を持つことを前提に考えれば、世界設定変更を許される神とは即ち「作者」の審級にあたる。ハルヒというキャラクター自体が作者のそのままの投影として成立しているわけではないが、ハルヒというキャラクターの設定そのものが作者という審級を意識させる(であるから、ハルヒというキャラクターと作者という審級との関係が一つの批評的問題となり得るが、ここでは扱わない)。ハルヒが他のキャラクターの生殺与奪の権を握っているという設定は、あからさまに作者自身が立法権を掌握していることを予感させる。
 ただしこの場合でも作者の審級が全知全能の立法者であることを意味しない。というのはキョンの審級の問題があるからだ。先にキョンは「平均的なギャルゲーユーザー」だとした。しかしハルヒが立法者のシンボルだとするならば、キョンの位置は個々の読者の意見の総意ではなくジャン・ジャック・ルソー言うところの「一般意志」に当たる。立法者は自由に立法できるわけではなく、一般意志の具体化として立法を行わなければならない。具体的には、一般意志が「おれは眼鏡属性じゃない」と主張した場合、立法者は眼鏡主義的立法を断念しなければならない。
 そんなわけで、作者に代わって眼鏡者が立法権を握ることに成功すれば世界は眼鏡で満たされるが、その前提条件としてキョンであるところの一般意志を満足させなければならない。さらに言うならば、「一般意思」から眼鏡立法が導出された場合、「神」であるところの作者をして眼鏡立法を必然たらしめる。この場合、一般意思は個々の読者の意見の算術的総和ではなく、それを超越した理性的必然であることはルソーの定義から明白であるから、我々の課題は一般意思をして自ら眼鏡理性を語らしめるところにある。


■7/7■涼宮ハルヒの眼鏡問題(続)
 アニメ版ハルヒだけを観て原作を読んでいない場合、以下のテキストはネタバレの可能性があるので見ないほうがよい。
 さて、『ハルヒ』アニメ第二期の期待が高まっているが、実現した場合、中心的なエピソードが『涼宮ハルヒの消失』になるのは間違いない。アニメで七夕エピソードを描かなかったのも、七夕が『消失』のネタに関わるため、わざわざ第二期用に残したということになる。
 この場合、眼鏡者に対してはさらなる試練が訪れる。『涼宮ハルヒの消失』は、『憂鬱』以上に眼鏡に対して否定的な内容となっているのだ。
 キョンはこう言った。「宇宙人に未来人に超能力者だぞ? どれか一つでも充分なのに、オモシロキャラ三連発だ。(……)。これで俺が面白くないわけがないだろうが。そんな立場が不満だといったら、そんなことを言う奴を俺は半殺しにするかもしれん。」
 よかろう。どうやら僕はキョンに半殺しにされる立場にあるらしい。いやむしろ、僕がキョンを半殺しにするべきなのだ。この際ハッキリ言っておかなければならない。


一人の眼鏡っ娘は、

何億の宇宙人や未来人や

超能力者よりも尊い。

 長門有希からメガネが失われることは、ハルヒの能力が失われることなどよりも遥かに世界の損失となっている。長門のメガネと元の世界を天秤にかけたとき、キョンは迷わず長門のメガネを選択するべきなのだ。そうしなかったキョンは、ホンマモンのアホで、ハルヒの三十倍も無神経だった。

■7/10■箒星にメガネ
 Mr.Childrenのニューシングル『箒星』初回限定版付属DVDのミニドラマに眼鏡っ娘が出ているということで、さっそく買ってきて鑑賞しました。眼鏡っ娘とメガネくんとの恋愛ショートストーリー。伊達メガネなのは御愛敬。内気な猫背の三つ編み眼鏡っ娘が実にレトロでたいへんかわいいです。雨でメガネがぐしょ濡れになるシーンは恍惚となります。
 眼鏡時空の中の人に教えてもらった「デジカメWatch」の「Girl's Moments」にメガネ。ハッとなる美しい絵が多いです。かっこいい短髪眼鏡。


■7/11■「来ないと死刑だから」入稿完了
 入稿完了しましたので新刊は出るには出ますが、8頁の折り本です。モチーフも予告したハルヒメイン『べ、べつに(以下略)』じゃなくて長門さんメインの『セカイ眼鏡化計画Episode00』となりますが、時間がなかったので表紙はハルヒのままです、やれやれ。イベント自体は一般参加者入れ替え制ということで、当日のサークル運営(部ごとの新刊冊数配分とか)はきちんと頭を使わないといけなさそうですね。

■7/12■ロックな眼鏡
 GyaOで放映している「GyaO FUJIYAMA」の「鮎具健の本日のROCK選素材」で、「ロックな眼鏡」の特集をやっていました。
 ジョン・レノン、バディ・ホリー、リサ・ローブ、バグルスといった定番眼鏡を紹介しましたが、「ロックな眼鏡」というお題が出たとたんに「時東ぁみ」の名前が出るのが時の勢い。ところでエルトン・ジョンが華麗にスルーされていたのは、やっぱりROCKと認められていないからということでしょうか。


■7/13■時東ぁみデー
店長がメガネ萌え、「ノートPC、メガネ女子割引あり」(アキバblog)
メガネ萌えの同志に対する割引も敢行していただきたい。


■7/14■TAJIRIはやってくれる
"NEWニューリン様"はメガネっ娘(デイリースポーツ)
「M字」の「M」はMeganeのMということで、メガネならではの必殺技を期待したい。


■7/16■時東ぁみ、びしょ濡れでマジ泣き
 フジテレビ『FNS26時間テレビ』で16日未明に放映されたネプリーグパートにメガドル時東ぁみちゃんが出演しました。
 番組は、芸人チームとアイドルチームが5人一組でクイズに挑戦するという内容。負けたチーム全員が3メートルほどの高さから熱湯プールに落下するという罰ゲーム付です。
 ぁみちゃんが解答するとき、どうしても目立ちたい若手芸人チームが「メガネメガネ」とはやしたてて笑いをとろうとします。特に劇団ひとりが酷かったような。ぁみちゃんは若手芸人どものヤジにもメゲずに「自由の女神」を正解させますが、酷いヤジのプレッシャーに負けてしまい「ビフィズス菌」の解答に失敗、3メートル落下して熱湯プールに突っ込みます。メガネが外れないようきちんと押さえながら落ちていったのが印象的な画でしたが、録画に失敗してガッカリです。
 ぁみちゃんは熱湯プールで頭からずぶ濡れになってしまい、さらに落下の時の恐怖からか、泣いてしまいました。マジ泣きの図はたいへんかわいそうでしたが貴重な画で、録画に失敗したのが重ね重ねガッカリだ。それでもメガネを外さないところがプロでした。
 しかしここでも目立とうとした芸人チームが大暴れしてカメラも乱痴気騒ぎを映してしまいました。ええい、ホワイトベースはいい、時東ぁみを映せ、時東ぁみの泣きっぷりを!というテムレイの願いもむなしくそのままCM入り。CM明けではぁみちゃんはベソをかきながらバスタオルにくるまっていました。良い画でした。
 それから、番組冒頭で中居くんと間違われてネプチューンに担がれて運ばれていく音響マイク持ちの眼鏡っ娘が良かったですね!


■7/17■「来ないと死刑だから」、無事終了
 ハルヒONLYイベント「来ないと死刑だから」無事終了しました。入場が3回入替制になるほど大勢の人が集まって、すさまじい熱気でした。ぼくは長門さん同人誌をゲットしてきましたが、メガネレス長門を描いている人が多くてゲンナリでした。メガネレス長門同人誌は当然スルーです。眼鏡でいきましょうよ。

■7/18■『スコラ』8月号で「萌えめがね」特集
 『スコラ』2006年8月号で「萌えめがね」特集が組まれていました。
 全5頁で、グラビアに登場するメガネシーンを収集し、囲みコラムを配した記事です。それほど期待せずに買ってきたのですが、これがなかなかおもしろかったです。
 キャプションを書いているライターの人がツボを押さえていて、メガネ鑑賞のポイントが解りやすいのが非常によかったです。リード文の「プチコスプレ」という状況把握や囲みコラムも過不足なくまとまっていて、特集としてよく成立しています。
 21世紀初頭のメガネ状況の一端を顕す二次史料としても重要な記事になるように思います。


■7/19■水樹奈々がめがね
7/16ぶんblog。コメント欄がすごいことになってる。ちなみに落合祐里香もメガネ

■7/19■オリコン、『メガネが似合う』有名人ランキング発表、アンジェラ・アキ1位
 オリコン・ランキング。なかなか興味深い結果ですが、特に男性と女性の意識の差がおもしろいです。男性が上位にオリラジを選ばないとか、女性が上位に眞鍋かをりを選ばないとか。

■7/25■メガネっ娘居酒屋「委員長」、開催します
 メガネっ娘居酒屋「委員長」公式サイト。ぼくが主催を務めます。8/26(土)開催です。よろしくお願いします。

■7/28■1972年に生まれたということは、どういうことか
 メガネとは直接関係ないけど、必要を感じて、以下にぼくの個人的文化史をまとめてみる。
 生まれたのが1972年ということはいわゆるオタク第二世代どんぴしゃだけど、この世代の本質の一つは「アポロ後」あるいは「万博後」という点にあると思ってる。アポロが月に着く1969年とは全世界的に相転移を起こした点だと思っていて、たとえばアメリカではウッドストックがあり、日本では安田講堂攻防戦があった。

 ぼくは「1969年モノ」という文学ジャンルを勝手に設定している。代表的な1969年モノ作家が、庄司薫・高橋源一郎・三田誠広・村上春樹・村上龍あたり。『涼宮ハルヒの憂鬱』を読んで最初に感じたのが「なんとなく庄司薫ぽい」ってことで、長門有希の100冊に『赤頭巾ちゃん気をつけて』が入っていたことによってその直感は逆にウソ臭くなってしまったが、それは別の話。

 ともかく1969年を肌で経験せずに知識としてだけ知っているということは、先行世代との直感形式の差となって現れると思ったりする。それはぼくらに1989年という年が決定的に与えた影響を後続世代が知識としてしか持たないことにも対応する。だから他の1969年モノ作家がそのワクの中でしか思考できなかったとき(特に高橋源一郎にはガッカリだ)、ひとり1989年に挑んだ橋本治は特別だってことになってしまう。ちなみに1989年とは、昭和天皇が死に、手塚治虫が死に、ベルリンの壁が崩壊し、宮崎勤が捕まった年だが、ぼくにとって一番重要だったのはブライアントの4打数連続ホームランだった。まあ別の話だ。

 そんなわけでぼくらが生まれてくるずっとずっと前にはもうアポロ11号は月に辿り着いていたのだが、物心ついたときに手許にあったのが『子供の科学』という雑誌だった。これは個人的な人格形成においてたいへん重要な事実であり、親父に向かってこれだけはありがとうと言うしかない。だから最初に読んだSFは『宇宙島の少年』で、それを契機に小学校図書館にあったSFシリーズ制覇に手を染めることになる。『子供の科学』には他に鉄道模型、競技用紙飛行機、アマチュア無線、ラジオ回路図といった記事が満載で、いま思いかえしてみてもこれがマニア気質を形成したことは疑いようがない。

 が、決定的だったのはコンピュータに関する記事だった。たしか小学校3年生の時、『子供の科学』にBASICの記事が掲載された。使用マシンはNATIONALのJR-100だ。ぼくはSF小説より、鉄道模型より、アマチュア無線より、この記事に強烈に反応したようだった。うまく当時の感情の流れを説明することはできないが、これが1972年的なメンタリティだったのではないかと思う。『子供の科学』を持って近所の電気屋に行き、JR-100のキーボードをペチペチと叩いてBASICを組み、プログラムが走ったとき、人格形成における何かが決定的に決まったんじゃないか。そんなわけで親父にJR-100を所望した。しかし親父が買ってきたのはPC-8001だった。最初は不満たらたらだったぼくは、一週間もたたないうちに親父の偉大さを再確認することになる。ありがとう>親父。

 そして愛読雑誌が『子供の科学』から『マイコンBASICマガジン』へと変化する。いちばんの愛読書は、『はるみのプラグラミングレッスン』だ。ボロボロになるまで読み倒した。peek命令とpoke命令をマスターし("&HF302"は魔法の呪文)、ハンドアセンブルができる小学生になってからも折に触れ読み返したのだから、今思いかえせば、その技術的内容より高橋はるみの人格に魅かれていたのではないか。「平成言文一致体」の例として新井素子が挙がることがあるが、実際の影響という点において高橋はるみは相当すごかったはずだ。そして小学校6年生のとき『マイコンBASICマガジン』に自作ゲームが掲載される。大自慢だ。生まれて初めて原稿料をゲットしたのはこの時だ。

 が、小学5年生ころからベーマガ離れが始まっていた。ゲームブックが流行してベーマガにペーパーアドベンチャー(「宇宙刑事ガリバン」とか)が掲載される頃には定期購入をやめた。新しい愛読雑誌は『LOGiN』だった。当初は、『LOGiN』の最末尾に掲載されている「リストログ」がお目当てだった。ベーマガのプログラムは短すぎて、ハンドアセンブルをマスターした小学生にはもはや満足を与えなかったのだ。だから最初はPC-8001のプログラムリストが掲載されている月の『LOGiN』だけを買っていたのだが、これが実にワケのわからない素晴らしい雑誌だったということに中学生の時に改めて気が付き、定期購読を始める。決定的に重要な記事はいくつもあったが、まずは「ヤマログ」のバカ記事。そしてSFショートショートで豊田有恒とか火浦功という名前を覚える。しかし最も心に刻み込まれたのは、安田均のアメリカパソコン事情の記事だった。「ハッカー」とか「ロードブリティッシュ」とか「テーブルトーク」という単語を始めて知ったのはこの記事だ。

 『LOGiN』のせいかどうかは定かではないが、中学3年の頃に関心がコンピュータから離れていった。今おもえば『LOGiN』はパソコン誌というより総合マニア情報誌だった。記事を読めば読むほど興味は「テーブルトークRPG」に移る。どうしても「D&D」を手に入れなければならなかったが、どこに売っているかもわからなかった。そして名古屋のボードゲーム屋で手に入れたのはいいが、田舎の中学生で他に「D&D」を知っている者は存在しなかった。実際にTRPGをプレイできたのは高校に進学してからだ。ビバ進学校。田舎の中学校にはまったく存在しなかった同類が、そこにはウジャウジャと存在していたのだった。ありがとう友よ。奴らとはほとんど連絡を取らないが、現在でも年2回のマンガ祭りで何故かばったり遭遇したりする。本当に奇遇だなあ。

 話は少し戻って、D&Dのキットを手に入れながらプレイすることができない田舎の中学生は、代替物を求める。そして『LOGiN』の安田均を経由して『コンプティーク』の「ロードス島戦記」を発見したときは、雀躍して喜んだ。後にロードス島が流行しディードリットに懸想してる奴を見て、「中の人も知らないくせに」と言ってしまうのは、つまらない優越感ではあった。そんなわけで、1980年代中葉に『テクノポリス』と『コンプティーク』という選択肢があったとき、当然のようにぼくはコンプ派だった。決して「福袋」が目当てだったんじゃないぞ、ほんとだぞぅ。

 そこで『聖エルザ・クルセイダーズ』に出会う。いま思えば、現在言うところの「萌え文化」に本格的に入ったのは、どうもこれが決定的だったように思う。確かにアニメも見ていて、特に『クロノスの大逆集』と『赤い光弾ジリオン』で水谷優子の名前を覚えたことはある決定的な契機だったかもしれないけれども、第一世代と第二世代を分かつ質的要因はここにはおそらくない。第二世代があるとすれば、それを象徴するキーワードは「うる星やつら」でも「パトレイバー」でも「エヴァンゲリオン」でもなく、「バキュラは256発で破壊できる」であり「いしのなかにいる」であり「2D6」であり「ジャンプ大Pしゃがみ中Pキャンセルサマーソルト」でなければならない。つまり、カセットブックを買った者にしか味わえない涙の味がある。

 そんなわけで現在では「ライトノベル」と呼ばれるようなジャンルを読みあさるようになったのは『聖エルザ』以降のことだ。1980年代後半は田中芳樹全盛期(それにも関わらず『ラノ超』での扱いが小さいことの意味を考えてしまう)で、一番好きなのは『七都市物語』だった。『エイリアン』シリーズ、『D』シリーズ、『キマイラ』シリーズ、『ARIEL』シリーズ、『ベルゼルガ』、『ソルジャークイーン』(これ完結したの?)等ソノラマ文庫を読みあさり、創刊されたばかりの角川スニーカーで一番お気に入りだったのは秋津透(そういやこれも『ラノ超』の扱いが低いなあ)。アニメージュ文庫では『死人にシナチク』がお気に入りで、これに言及せずに『げんしけん』を語っている人を見ると言われもない優越感に浸れる。個人的にはアニメージュ文庫版『戦国魔神ゴーショーグン』は傑作だと思ってる。妹が買っていたコバルト文庫でも氷室冴子はよく読んだ。藤本ひとみは「まんが家マリナシリーズ」だけ喜んで読んだけど、今思いかえせば主人公が眼鏡っ娘だったからだろう、それ以外に理由が思いつかない。

 さて、そうやってコンピュータとTRPGを経てラノベ(当時はそう呼んでなかった。確か仲間うちでは「スニーカー系」などと言っていたような気がする)に行ったわけだけど、高校2年ともなると、少々反省が入る。高校生ながら、これら「ライト」的小説を脱して「ハード」な何か(たとえば挿絵がないSF)を読まなければならないような強迫観念が生じていたらしい。ちょうど定期購読していた『LOGiN』でSF特集を組んでいて、そこでいまいちばん旬のSFが紹介されていた。勇んで買ってきたのが『ニューロマンサー』だった。

 これが例えば『エンダーのゲーム』とか『戦闘妖精雪風』だったらおそらくぼくの性格形成は別の歴史を辿っただろうが、二度目の機会はない。高校生だったぼくは『ニューロマンサー』みたいなのがSFだとしたらそれは読むに値しないと判断し、同時にライトな小説に対する情熱みたいなものも失った。ちょうど『スレイヤーズ』や『タイラー』が出始めた頃だったけど、ニューロマンサー体験を経たぼくはそれを手に取る気にならなかった。いま思えば、それはすごい挫折感だったのだろう。『ニューロマンサー』の名誉のために、大学生になってから読み返してたいへん味わい深かったことを記しておく。たぶん出会ったタイミングが悪かっただけだ(たぶんディックでもダメだったと思う)。

 で、SFを断念して興味関心が向かった先が少女マンガだった。ちょうど『ぶ〜け』の全盛期で、吉野朔実とか逢坂みえことか耕野裕子とか松苗あけみとかが活躍していた時期だった。これはこれで実に幸運なタイミングだったといえるような気がする。ここから小椋冬美・高橋由佳利を遡り、くらもちふさこと田渕由美子に再会した(実は小学校のころ妹の買ってた雑誌で読んでいた)のは、実に決定的な僥倖だった。そして佐藤史生と萩尾望都を経てニーヴンとかル・グィンに戻って行けたのはけっこう運が良かったかもしれない。

 1972年世代的に振り返った場合、少女マンガに入る地点がイレギュラーで個人的な体験に見える。その前段階は、おそらく1972年的に一般的なマニアラインを正統に踏んできただけだと信じる(ケチをつけるとすれば『ファンロード』と『68000』を通ってきてないというところか)。こんな奴は日本全国いたるところにいたに違いないし、それが集合的に第二世代的な雰囲気を形成しているはずだ。逆に、この文化史について想像がつかないという同世代とは、語彙体系を一致させるまで時間がかかる、と思う。東浩紀的オタク観に違和感があるのは、まず前提にある文化史のズレが決定的に大きいと思う。


■7/30■時東ぁみの「ぁ」が小さいことを鬼の首でも取ったように話題にする人は
 LOGiN』の「i」が小文字だってことにも気がついていただきたい。

■7/30■千葉涼子女流王将の眼鏡が実に良いズレ落ち具合
 千葉涼子女流王将がNHK杯に登場したので応援していたが、中田功七段の前に大惨敗。三間飛車に居飛車穴熊で対抗したが、藤井システム的な端攻めから穴熊が崩壊、なにもできずに負けてしまった、残念。
 29日には王座戦一次予選で女流棋士4人の一斉対局があったが、4人とも敗退。まだまだ男女の差は広いようだ。ちなみに、そのときの千葉涼子女流王将の写真はリンクすると表示されないので直打ちでどうぞ。
http://www.style-21.jp/bbs/lsp30/image/lsp30_30130537.jpg
http://www.style-21.jp/bbs/lsp30/image/lsp30_11903468.jpg
http://www.style-21.jp/bbs/lsp30/image/lsp30_1116019.jpg
 千葉涼子は旧姓碓井、愛称は「うすうす」。トップのメガネ絵が見目麗しい応援サイトはこちら。碓井姓の時はほとんど眼鏡着用だった。結婚してから非メガネになってしまったので応援しなくなっていたが、この頃また眼鏡着用になった模様。よしよし。
 将棋指しは男性のほうは個性的な良眼鏡が多い(谷川・羽生・佐藤・山崎)が、女流棋士はあまり眼鏡がいない。千葉涼子女流王将には女流棋界の眼鏡を代表してがんばっていただきたい。

■8/1■コミケカタログにおける眼鏡カット比率調査の最新データ
 このグラフは、第21回コミックマーケット(1982年夏)から第70回(2006年夏)までのコミケカタログに掲載されたサークルカット全てに目を通し、その中に描かれた眼鏡イラストの割合を算出し、折れ線グラフとして可視化したものである。コミケ第21回以前のカタログには「サークルカット」という概念は存在せず、したがってこのデータはコミケ全期間に渡る全てのサークルカットを一つ残らず調査した上で算出されたものである。
 「論文」のコーナーに全体的な分析を載せてあるが、データが蓄積されて新しい知見が得られたために改めて分析し直すつもりだ。とりあえずここでは第70回コミケのデータに関して気が付いたことを記しておく。
 まず眼鏡っ娘について、第61回(2001年冬)以降大きな変化が認められない。第61回から第70回までの10回の間、1.55%〜1.83%と誤差15%以内で安定している。早期の2%突破が望まれるが、何かしらのブレイクスルーがないとこの状態がしばらく続きそうだ。中身の特徴としては、二次創作系の眼鏡キャラが極端に減り、オリジナルの伸張が著しいことである。二次創作系で今回目立ったのは『アイドルマスター』の律子だが、他に目立ったキャラはいない。特にアニメ系眼鏡の壊滅ぶりは非常に寂しい。それでも眼鏡カット全体として見て安定しているのは、オリジナルで眼鏡カットが多いためだ。オリジナルで順調な伸びを続けているため、パロディで大きな動きがあれば一気に増加傾向が加速する可能性がある。
 メガネくんに関しては、2002年以降の伸びに大きく関わったハリポタとテニプリのブームが収束したときの動向に注目が集まっていた。今回テニプリバブルは大きく弾けたといえる(代わりに著しく伸びたのが『銀魂』)だろうが、メガネくんサークルカット自体は前回より数を伸ばしている。テニプリバブル崩壊に関係なく、メガネくん勢力は地道な拡大を続けそうな気配だ。
 また第70回カタログの701頁の一番下、「配置担当スタッフ一言コーナー」において、「メガネロックで配置してみました。《邦楽・洋楽配置担当》」という文言が見える。3日目にはオリジナルメガネくんストリート("ゆ"18b〜28b)も形成されており、「メガネくん」の領域でもカテゴライズが進行しつつあるのが注目される。

■8/3■時東ぁみ、公式サイトに出てない新曲か?
 どうやらNINTENDO『リズム天国』というゲームでメガドル時東ぁみちゃんが歌っていて、作曲がつんく♂らしいが、公式サイトにはそれらしい情報が載っていない。曲名は「恋のハニースイ〜トエンジェル」らしいが、CMムービーの「ザ☆ぼんおどり編」もぁみちゃんの声。そして『ザ☆ぼんおどり』に出てくるキャラは赤毛ツインテールな眼鏡っ娘だぜ。
 この件に関して凄いのは、やはり有野。『リズム天国』は『メイドインワリオ』のチームが作ったのだが、有野はかつて自分のラジオ番組『ゴチャ・まぜ』で、ぁみちゃんの鼻を指して「ワリオみたいだ」と言っていた。有野はこの時点で時東ぁみが『リズム天国』で歌うことを暗に予言していたのだ。なんだって〜!?

■8/4■めがねマラソン大会申込み締切せまる
 めがねマラソン大会参加者募集のページ。めがねは必ず着用下さい。眼鏡100周年記念の昨年とは異なり眼鏡業界関係者しか参加できないが、ぼくは眼鏡業界同人部門関係者なので自称参加資格アリ。

■8/4■本の研究をしている助手のしおりさんに激萌え
 『ほんつな』というサイトにいる「助手のしおりさん」が実に良い。眼鏡をくいっとかけなおす仕草がたまらんぜ。思った以上にパターンが多くて楽しい。ぼくと彼女が交わした会話ログ。
しおり:どんなテーマを扱った本が読みたいですか?
あなた:眼鏡っ娘
しおり:それって他にどんな表現ができますか?
あなた:メガネっ娘
しおり:それってジャンル的にはなんでしょう?
あなた:しいて言えば、知への意志から生まれる大いなる愛ってとこかな
しおり:この中だったらどれが一番関係ありそうですか?(生まれ/世界/神)
あなた:
しおり:非常に興味深いです……
しおり:わかりました。これまでのやり取りからあなたが興味のありそうな本を探してみます。
その結果『眼鏡っ娘大百科』をオススメされたが既に持ってるぜ!

■8/4■ドラえもんから新しいメガネをプレゼント?
 のび太誕生日SP。8/7はのび太の誕生日ということでドラえもんから新しいメガネがプレゼントされたらしいが、見逃した〜!不覚!どんな新しいメガネだったんだ!?
 追記;情報入手。ヨン様、南海キャンディーズのヤマちゃん、タモリのメガネだったらしいが………どうなってんの今のドラえもん!? つーか、しずちゃんってそのままやん!?ひでえ。
 さらに追記;つい今のドラえもんのパロディは酷いなあと思っちゃったけど、振り返ってみればF先生自身が建設巨人イエオンとかアバレちゃんとかジャイケル・マクソンとかウルトラセブンイレブンとかやってるわけだからなあ。実は原作精神を引き継いでいたわけか。うむ。


■8/6■同人誌で長門さんがメガネを装着している率は約10%
 せなか:オタロードblogさんの記事を受けて一言。
 わたくしが内閣総理大臣に当選した暁には、巨大な眼鏡っ娘を作ります。日本の沿岸を眼鏡っ娘で埋め尽くしましょう。朝鮮半島はいまや眼鏡っ娘一色でございます。ミサイルにはミサイルを、目には眼鏡を。威嚇射撃ではなく、全員度入りでございます。わたくしの辞書にコンタクトの五文字はございません。レーシックの五文字もございません。ホップステップ眼鏡でがんばってまいります。
 今朝、長門有希から電話がありました。今の長門に必要なものは眼鏡です。今の日本の不況を救うのは眼鏡っ娘です。屈折率1.54は当たり前です。男女問わずコンタクトは罰金100万円。国民一丸となって、神風の精神でもって、眼鏡っ娘を守ってください。私はフェチではない、眼鏡を愛し、眼鏡っ娘を崇拝しているだけだ。長門有希に向かって敬礼! ハルヒ同人誌を描いているそこのあなた、ただちに長門有希の顔に眼鏡を描きこんでください。あなたが描かないならわたくしが描きこみます。眼鏡っ娘、万歳!!


■8/7■アンジェラ・アキ、情熱大陸で特集
 眼鏡シンガーソングライターのアンジェラ・アキが8/6放映TBS『情熱大陸』で特集されました。お茶目なところ、感受性豊かなところ、アンジェラの魅力が多面的に紹介されていて見ごたえがありました。「ビール!ビール!」と手を叩きながら踊るところ、自作ポエムを全力で恥ずかしがるところ、妹のお弁当の話で思わず涙してしまうところなど、見所満載でした。TBSはDQN親子の茶番ではなく、こういう知性的な番組をもっと前面に押し出すべきです。
 番組内ではメガネを大きなテーマとしていました。冒頭はメガネ女子限定ライブの場面からスタート。ラーメンを食べるシーンで「知的な顔立ちにメガネをしたカリスマも普段はいたって庶民的だ」とナレーション。全国ライブツアーで回った札幌のレコード屋の店員が2人とも眼鏡っ娘。
 メガネをかけ始めたエピソードも紹介されます。売れないアメリカのバンド時代にはメガネをかけていませんでしたが、デモテープが日本のCMプロデューサーに認められて上京を決意し、音楽スタイルをピアノの弾き語りに変え、同時にメガネをかけはじめます。
 実はアンジェラは視力は悪くないそうですが、それはレンズに度が入っていないことで以前から推測はしてました。視力が悪くないのにメガネをかけるということは、物理世界の[必然の次元]ではなく、人格に関わる[自由の次元]での主体的な選択があったことを意味します。アンジェラ本人の弁によれば、「弾き語りのピアノのパワーと歌のパワーとどこかでなにかがかわった。あたしのなかでメガネとリンクしているんですよね。(メガネを)かけると、ピアノに座ると、無敵な気がするんですよね。わたしの盾なんですよ」とのこと。
 メガネとは「見る意思」の表象であり、「主体性」の象徴です。アンジェラのキャッチフレーズは「ピアノに愛された女」で、それは現象の一側面を正確に表現していますが、「愛される」という[受動体]によって表現されている点において完全ではありません。主体性の表象であるメガネが加わることで、[能動/受動]あるいは[主観/客観]二元論が止揚され、はじめて全人的な現象を可能とします。
 初アルバム総売上が45万枚、おそらくこれからも伸び続けます。今後の活躍もすごく楽しみです。


■8/7■メガネ女子胸キュン祭り
 劇場版アニメーション『時をかける少女』が評判ですが、8/8は主題歌を歌う眼鏡っ娘シンガーソングライター奥華子さんがミニライブを行うそうです。テアトル新宿16:55の回の直前。
 さらに、8月の8のつく日は「メガネ女子胸キュン祭り」ということで、テアトル新宿、テアトル池袋、シネセゾン渋谷で、8月の「8」のつく日に、メガネをしてる女性の方に特製の暑中見舞いポストカードがプレゼントされるそうです。
 そんなわけで、トップ絵を藤谷果穂ちゃんにしてみました。


■8/8■小学生眼鏡っ娘、プロ破る
 将棋の「2006白瀧あゆみ杯争奪 U−20女流トーナメント」1回戦で小学6年生の加藤桃子さん(眼鏡っ娘)が貞升南女流プロ2級を破った。日本将棋連盟によると、将棋祭りなどのイベントを除く大会で、小学生が女流プロに勝つのは異例。公式戦では過去2度あるという。
サンケイスポーツ:将棋界に「天才少女」
 ちなみに小学館学年誌杯争奪全国小学生将棋大会では5年生の部で優勝を飾っている。このまま眼鏡でがんばって、男性棋士の羽生・佐藤・谷川のような眼鏡黄金世代を現出していただきたい。


■8/9■めがねでねっ!
 なんだか親近感がわくタイトルのこの歌、夏コミで先行発売だそうです。MOSAIC.WAV公式サイトでショートバージョンが視聴できます。めがねしーて、めがねしてっしてっ、めがねしてっしてっ!
 ちなみに夏コミ、ぼくは企業ブース'221にいます。


■8/9■眼鏡っ娘シンガーソングライター奥華子、時をかける少女ライブ
 『時をかける少女』公式サイトで、奥華子さんのテアトル新宿でのライブレポートがアップされていました。関連記事:CINEMA TOPICS ONLINE
 画像は、アップする機会を失って秘蔵していた『空飛ぶ爆チュー問題』(スカパーフジ721放送)の「ねずみクラブ」第一回の模様。奥華子さんが番組のテーマソングを即興で作曲するという内容ですが、見所はやはりメガネ。ネズミの格好にもジャストフィットだ。


■8/13■宇多田ヒカルが眼鏡
 宇多田ヒカルは本気で『テトリス超人だった』!(ファミ通.com)で宇多田ヒカルが眼鏡。本人の弁によれば「『テトリス』をプレイするときはいつもメガネかけてます。本気ですよ!」とのことだが、そうだとしたら常にテトリスをプレイしていていただきたい。ちなみに光学屈折が確認できるので眼鏡には度が入っています。
▼関連記事:サンスポデイリースポーツ


■8/23■『ぱにぽに』9巻初回特典「スクールメガネ」が凄かったこと
 『ぱにぽに』9巻初回限定版特典の「スクールメガネ」が想像を超えて素晴らしい出来だった。みつみ美里やたもりただぢの眼鏡イラストをはじめ、おかゆまさき&とりしもコンビのメガネSS、むっくのコラムページ等、豪華執筆陣による眼鏡三昧。
 一番笑ったのが、西E田&禿商会のCHASE CRUISER『GLASSTY』のページの出来映え。20年前にPC-8801mkIISRを持っていた人なら必ず「BLASSTY」の名を知っているはずだが、逆に言えばそれ以外の人はほとんど知らない。日本サンライズがデザインの美麗なメカのグラフィックにつられて買ってみたら宇宙空間なのに3D迷路マッピングに勤しむことになる凶悪ゲームバランスRPGを、かっちょいい眼鏡ネタにしたてあげてきた。西E田氏のサークル(黒いキョーダイン)はコミケのたびに眼鏡イラスト集を買っていたけど、今回は西館から一歩も動けなくて買いに行けなかったぜ、と思ったら抽選漏れだったのか。
 さらに、初回限定版は表紙が眼鏡。通常版は眼鏡レス。芸が細かいのう。


■8/28■メガネっ娘居酒屋「委員長」
 主催としては反省しきりですが、一人のメガネスキーとしてはめちゃめちゃ楽しい場でした。べらぼうな眼鏡波動を浴びまくって、これであと10年は戦えます。詳しいレポートはちょっとお待ち下され。

■8/28■眼鏡っ娘プロ棋士誕生に向けて第一歩
 日本将棋連盟のニュースによると、小学生眼鏡っ娘棋士加藤桃子ちゃんが奨励会入会試験に合格した。ただしここから四段になるのがたいへん困難な道のりで、いまだ女性プロは誕生していない。ぜひ眼鏡力で新しい世界を切り開いて欲しい。

■8/29■ハレンチ☆パンチの大空さやちゃんがメガネをかけるようになった理由
 アイドルユニット「ハレンチ☆パンチ」の大空さやちゃんは、デビュー当初は眼鏡をかけていなかったが、2ndシングルの時には眼鏡をかけていた。その理由がこちらの記事でわかったぞ。「空から降ってきた」とのことだ。なるほど、このゲームのことだな! 納得だ!

■8/31■メガネっ娘居酒屋「委員長」無事終了〜
 今回からぼくが主催を務めることになりました。こういったイベントを主催することは初めての経験でしたが、なんとか無事に務められたとしたら、支えてくれたスタッフ、エネルギー溢れる出演者の皆さん、特にフロアから温かい声援と粋なツッコミを入れてくれた参加者の皆さんのおかげです。重ね重ね、ありがとうございます。
 主催を務めるに当たって、この時期にイベントを開催することの意味を特によく考えました。昨年、突然降って湧いたような眼鏡ブームが発生したわけですが、それに対して違和感と戸惑いを持っている人は多いと思うのです。長い間、こだわりを持って逆風と闘ってきた人は、特に。ぼくも昨年夏くらいまでは違和感を持っていました。が、ある瞬間からなんだかすごく清々しい気分になりました。
 よくよく考えてみれば、現実に「眼鏡をかければ売りになる」という言葉が聞けるなんて、2年前には想像もつかなかったわけです。自分の信じる「The眼鏡」に固執するより、まずいったんはこの状況を楽しんでみていいかもしれないと思ったとき、急に世界が明るくなった気がします。鯖江に遊びに行ったことがいいきっかけになったような。そんなわけでこの一年はなんだかべらぼうに楽しい。
 とはいえ、それを潔しとしない自分が存在しているのも、また確かなことで。真性メガネスキーがアンチ時東になる理由は肌感覚で解りつつ、それはそれで状況全体は楽しいという、個人的に矛盾を抱えた状態。ともかく眼鏡っ娘にとって前人未踏の領域に踏み込んだのは確かです。
 この時期に行うイベントは、未知の領域に踏み込んだことを自覚する契機になるのは当然として、そこでの自己意識の行方を模索するヒントを得る場にもなるべきだと考えました。まあ参加者にそういう立場を押しつけるというのではなく、ぼく個人が自覚を深める場にしたいし、ヒントを得る場にもしたいと考え、主催の立場を利用した、ってことではあります。そしてそれは個人的には大成功で、たいへんありがたい。
 まあ矛盾を抱えること自体は悪いことではなく、弁証法的には新しいレベルに達するための必要不可欠な段階なので、いましばらくはこの矛盾そのものを楽しめればいいかなと思ってます。実際になんだか楽しいしなあ。
 そんなわけで、まだいろいろ思うところがありますし、主催の立場を利用して様々な企みを妄想していますので、よろしければしばらくお付き合い下さい〜















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