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■12/4■「時東ぁみの『あたってくだケロロ☆』」を観た
 スカパー262ch「シアター・テレビジョン」で、「時東ぁみの『あたってくだケロロ』という番組が放映されました。ピヴォ☆ガールの舞台に立つまでのドキュメントという内容で、今日は全4回の第一回目です。
 第一回放映の内容は、第3回!時東あみの秋葉原メガネまつりの舞台裏の様子、ピヴォ☆ガール制作発表会見の舞台裏の様子、舞台稽古初顔合わせの様子、サンシャイン水族館で懇親会の様子でした。メガネまつりの客席の映像で一瞬ぼくも映ってたり。
 ピヴォ☆ガール制作発表であみちゃんは選手宣誓代表に選ばれていたけど、噛んだところが見事に放映されてました。初顔合わせのときの格好が可愛いなあ。
 ピヴォ☆ガール公式サイト。12/11には「HOT FANTASY ODAIBA」でミスマガチームのイベントがあるみたいだけど、あみちゃんは不参加(アソビットシティでCD発売記念イベントやってるからね)。12/15はいよいよSphere Leagueの第一回目。平日の昼間だから応援には行けないけど、スカパーで中継があって嬉しい。眼鏡研究所から電波を飛ばして応援します。ミスマガチームのエースストライカー溝口麻衣さんは視力が悪くて(両目とも0.06)家では眼鏡っ娘なので、麻衣ちゃんにも眼鏡念を送り込みます。グラビアでも眼鏡かけろ〜

 スカパー269ch「Music Japan TV」でもあみちゃんの番組がやっていたので契約しようとしたら、カスタマーセンターに3日くらいまったく繋がらずに間に合わなかった! むきー! 昨日やっと繋がったので、再放送をチェックするぞ。『天使らんまん』も、関西の眼鏡同志のおかげで観ることができました。め、めちゃめちゃかわいい! これを全国放送で流さないのはあまりにも勿体ないぞ。

■12/5■A系?
 「HEY!HEY!HEY!」で、宇多田ヒカルが眼鏡だった。レンズで顔の輪郭がずれていたのでリアル近眼とわかる。近眼でコンタクトが嫌いだという噂は聞いていたけど、メガネ姿を見るのは始めて。明らかに眼鏡のほうがカワイイ。ボーリングの球を投げる前に眼鏡をくいっと直したら、人生初のストライクが出てた。メガネパワー。
 ところで来年1/27(金)の『第一回・歌姫A−1グランプリズム!』に時東あみちゃんが出演するとの情報が公式サイトに。他に桃井はるこ、河辺千恵子、クローバーが出演とのこと。サブタイトルが「A系四天王JAM」ってなってますが、一緒に出演するモモーイがA系なのはともかく、あみちゃんってA系なんでしょか。そういえばモモーイの後釜候補として注目の新堂真弓もメガネがチャームポイント。
 明日は「踊る!さんま御殿!!」にあみちゃんが出演です。ゴールデン進出で一気に全国区眼鏡だ。
 アンジェラ・アキは2ndシングルの詳細が発表されました。2ndシングル『心の戦士』は来年1/18発売で、FF12の挿入歌とDVDがついてくるそうです。心の戦士はHMVインストアライブで聴いて痺れた曲です。公式サイトの"Discography"から試聴できます。

■12/6■時東あみ、「踊る!さんま御殿!!」に出演する
 地上波深夜帯やCSでは何度もテレビ出演しているあみちゃんですが、いよいよゴールデン進出です。
 さっそくさんまが「なんでメガネかけてるの?」と聞くと、あみちゃんは「めがねが好きだから」と返答。ぃやっほー。一ヶ月前に浜ちゃんを圧倒したセリフで、さんまも粉砕。
 さらにさんまが「とったらどんな顔になるの」と聞くと、あみちゃんは「や。とりません」と返答。さんまの「女性がメガネ外す仕草が好きなんですよ」という外道なセリフに対して間髪入れずに「知ってます」と答え、追い打ちをかけるように「でもとりません」と決め、さんま撃沈。よし。あとで「メガネをとると鼻が大きいのがばれちゃうんですよ」と言っていましたが、逆に言えばメガネをかけるとパーツ全体が一気に引き締まって圧倒的にかわいくなることを発見したことは人類に対する最大の貢献だ。
 あとはアンガールズがバスケの話をしていたとき、加わりたそうにしていたなあ。番組の中ではフットサルの話が出て、実際に芸能人女子フットサルリーグSphere Leagueではナンバーワン・ゴレイロの呼び声も高いあみちゃんですが、高校ではバスケ部。DVDでは立派な胸をゆっさゆさ揺らしながらバスケする映像が見られるのだった。前の席にいたハマの番長がデカくてあみちゃんが隠れていたのが残念。ハマの番長ほとんど喋らなかったし髪型が不必要にデカいんだから、あみちゃんと前後かわってくれっ。
 そんなわけであみちゃんの名前と魅力が全国に知れ渡り、「時東あみ」検索でめがねがねに訪れた人が番組放映中の1時間だけで400人もいた。ぜひ公式サイトに行って、明日発売のデビューアルバムを買って、あみちゃんを応援しよう〜。めがねがねの時東あみ記事まとめはこっち

■12/7■時東あみ、ミュージックアイドルバトルにゲスト参加
 スカパー269ch「Music Japan TV」の「ミュージックアイドルバトル」という番組にあみちゃんがゲストで出演していました。番組自体は5人のアイドルがレギュラーを競って争うというものですが、あみちゃんはゲストなので競争には参加しません。
 あみちゃんが登場してのっけからMCの矢部美穂が胸元をいやらしく触って『黄昏女艶のブルース』PVへ。そのあとメガネの話題に。あみちゃんはいつものようにたくさんメガネを持ってきて、矢部美穂にもメガネを勧めます。メガネ伝道師! メガネをかけた矢部美穂には会場から「エロい」とのかけ声が。
 矢部美穂に「今日つけているのは一番お気に入りなの?」と聞かれたあみちゃんは「いちばん丸いんです」と返答。「最近大きいフレームにハマっているので、こういうのが好きかな」ってことです。そういえば「踊る!さんま御殿!!」もこのメガネで出演っぽいですね。また「初恋の人がメガネかけてたんだよね…とか言われたりする」そうです。ぼくは、中学・高校・大学と好きになった女性はみんなメガネだった…ということに気づいてから眼鏡DNAが発動したぞ。
 続いて「なぞなぞ動物辞典」で5人のアイドルの競争。5人のアイドルがなぞなぞの答をわかると、それをあみちゃんにジェスチャーで伝えるってルールですが、あみちゃんの勘が鋭くてサクサク進行しました。
 ゲームの最下位アイドルは罰ゲームということで「官能小説朗読」をやらされました。修正のぴー音が入るくらいのエロエロさ。あみちゃんは「官能小説」という単語自体を聞くのも初めてだったようで、エロエロのところはきょとんとしてました。うちの眼鏡っ娘になに聞かせとんねん!(怒)とはいえ恥ずかしげな表情は初めて見たような気がしてなんだかんだでちょっとおもしろかったり。
 最後にMusic Japan TVでのPV放送を賭けてあみちゃんがダーツに挑戦。0回〜15回までランクがありましたが、みごとに11回放映をゲット、運の強さを遺憾なく発揮していました。メガネかけてから確実に運が向いているぞ、頑張れっ! (めがねがねの時東あみ記事まとめはこちら)

■12/8■メガネってスバラシイんですね!! 生まれ変わった気分です!!
井上和郎著『あいこら』週刊少年サンデー2006年1号 『週刊少年サンデー』2006年1号『あいこら』が眼鏡っ娘ネタ。「メガネをかけているから地味だなんて、そんなものは偏見でしかないわ!!」とか「メガネにはメガネにしかない魅力があるの!!」とか「メガネがプラスされるとなー、もはや武器どころか兵器だよ」とか「無敵のメガネビューティーになってみせます!!」とか、たいへんグッと来ます。
 まあぶっちゃけて言うならば、こういった眼鏡っ娘リスペクトマンガは小野寺浩二氏や田丸浩史氏がより早期かつ過激な形で発表していて、さらに週刊少年サンデー自体でも2000年の『かってに改蔵』が眼鏡ネタを存分に展開しており、ぼくみたいに慣れちゃった人が読むと「レンズの屈折表現が実装されていないのは甘いかな」って感想になってしまうわけですが、「週刊少年サンデー」という媒体でこういった眼鏡リスペクト表現が普通に可能になっていることは一つの課題を示しているかと。思えばちょうど10年前に西川魯介師『屈折リーベ』の連載が開始された時には、こういった眼鏡リスペクトが週刊少年誌に載ることは想像できない状況でした。それからたった10年で眼鏡界は圧倒的な変化を遂げてきています。おおまかに言って「一般化」してきています。
 この「一般化」という現象は、実は良くもあり悪くもありで、旧来のメガネスキーを一種の混乱に陥らせています。この混乱は、「概念」における「内包」と「外延」により説明できます。「一般化」とは「外延が増加する」ことであり、それは「内包の減少」となります(このあたりは一般論理学をご参照下さい)。旧来からのメガネスキーは、大変化の10年間、内包の減少に対する違和感を常に抱いてきました。具体的には、いくら眼鏡っ娘が量的に増加しても、「これこそがオレの考える眼鏡っ娘!=ザ・眼鏡っ娘」という眼鏡っ娘はちっとも増加せず、眼鏡っ娘全体の中での「ザ・眼鏡っ娘」の比率がどんどん下がっていったのです。
 たとえば、時東あみちゃんに対して「彼女は眼鏡っ娘ではない」という評価があることを知っています。「実際は近眼でないのに眼鏡をかけるのは眼鏡に対する冒涜であり、眼鏡っ娘と認めない」という議論です。ぼくはこの立場には立たずにあみちゃんを立派な眼鏡っ娘だと思いますが、彼女を眼鏡っ娘と認めない議論自体に対して反論する気もありません。この立場における「眼鏡っ娘の内包」には「視力が良い」という要素が含まれない以上、視力の良いあみちゃんが眼鏡っ娘という類に含まれないことは自明であり、議論の余地はありません。
 同じような議論は、あみちゃんに限らず、あらゆる局面で闘わされ続けてきました。「このキャラは眼鏡っ娘と言えるのか、言えないのか」という議論。それは、ある対象が眼鏡っ娘として認められるかどうかを外延的に検討することで、「眼鏡っ娘とは本質的になんなのか?」という内包的確信を深めていく作業です。そこではいろいろな結論がありえるでしょうが、真剣な議論の末に導かれた立場について他人がとやかく言うことではなかろうかと思います。
 ただ一つだけ確かなのは、この「眼鏡っ娘の一般化」という全国規模の趨勢によって、メガネスキーを自覚する人間は「眼鏡っ娘とは何か?」という定義問題を避けては通れず、なんらかの立場を選択しなければならないという圧力がかかる必然的状況が生じているということです。たとえば時東あみちゃんが今以上にメジャーになったとき、これまでメガネスキーを公言してきた人間は、友人から「あの眼鏡っ娘、どうよ」と聞かれる機会が多くなることでしょう。つまり「視力の良い人がダテ眼鏡をかけたとして、それを眼鏡っ娘と呼ぶべきか」という問題に遭遇し決断を迫られる機会が増えます。「眼鏡っ娘の一般化」という時代の趨勢は、あみちゃんに限らず、あらゆる機会を捉えてメガネスキーに対して決断を迫ります。そしてどんな決断を下そうとも、「ザ・眼鏡っ娘」が眼鏡っ娘全体の中でごく一部に過ぎないことを悲しくも自覚せねばならない。それこそが、眼鏡が量的には増加したにも関わらずメガネスキー達を必ずしも幸せにしないという逆説的な状況の基本的な論理構造でしょう。
 さて、率直に言って、サンデーの『あいこら』を読み終えた瞬間、このマンガはメガネスキーから支持されるとは限らない、むしろ拒否反応を起こす可能性が相当あるだろう……と自分の中の眼鏡DNAが騒ぎました。その理由の一つが「屈折表現の未実装」にあるのは確かですが、眼鏡DNAの直感は論理的説明を超えたところで何かを感じ取ります。自分自身の内部から恐怖を産出する何かに直面する可能性を与えられたこと自体に対する直感的な拒否感。「ザ・眼鏡っ娘」でない眼鏡っ娘に遭遇することは、あらゆる恐怖の中でも最高度に危険なものです。それは決して「あいこら」というマンガ自体に問題があるのではなく、メガネスキーたちを取り巻く状況全体がアイデンティティを崩壊させる一触即発の危険を秘めていることに対する防衛本能の発露、といえる現象でしょう。
 そして個人的に、そのざわつきを超えて没我するならば、『あいこら』は「良き哉、良き哉」と萌えられる、実に良いマンガなのであった。

■12/10■4年半前に書いた文章を、総括する
 以下の文章は、4年半前、2001年6月に開催された「眼鏡時空」のカタログに書いたものです。この5年間の情勢に対して自分自身内部でいろいろ整理がついたような気になってマトメてみようかと思っていますが、以下の文章は我ながら5年前の状況をけっこう適切に言い当てていたような感じがするので、まずは掲げておきます

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「普遍眼鏡〜眼鏡っ娘オンリー・イベントの成立と眼鏡っ娘の今後〜」
 新千年紀を迎え、眼鏡っ娘オンリー・イベントが3ヶ月連続で開催されることとなった。それぞれ独自に企画を進めていた3イベントの開催日が重なったのは、偶然ではない。いよいよ、機が熟したということである。まずは、主催者の方々に感謝にしたい。そして、イベントに参加して共に盛り上げてくれる同志の皆さんに感謝したい。さらに、全世界の眼鏡っ娘たちに感謝の気持ちを捧げたい。

▽オンリーイベントの状況
 かいと氏に貴重なページを頂いたので、この場を借りてオンリー・イベントの位置について考えてみたい。同人界ではコミックマーケットをはじめとしてオール・ジャンルのイベントが成熟する一方、すでに数々のオンリー・イベントが開催されている。これは成熟した同人界全体が多様化過程にあることを意味するが、注目されるのは同時に個別ジャンルの内部も多様化され始めていることだ。あるジャンルに属するサークルが1つしかなかったら、オンリー・イベントなど開催できない。似たようなサークルばかりでも、オンリー・イベントを開催する意味はない。ジャンル内部において十分に多様化が進行して各サークルの個性が明確になることによって、初めて個別ジャンルのみのイベントが成立する意味がある。
 眼鏡っ娘オンリー・イベントが成立したのも、眼鏡っ娘というジャンルの内部で充分に多様化が進行してジャンルが成熟したからである。サークルカットを見れば一目瞭然だが、同じ眼鏡っ娘と言ってもそれぞれに代替の効かない個性を持っている。また、今ではキャラクター・ゲームには必ずといっていいほど眼鏡っ娘が登場し、それぞれ可愛く、絶大な支持を集めている。アニメはゲームからは出遅れているものの、数多くの優秀な眼鏡っ娘が現れ、ここでも圧倒的な人気を集めている。それぞれ個性的で魅力的な眼鏡っ娘が数多く登場し、多様性の美が花開いたからこそ、眼鏡っ娘オンリー・イベントが成立したのである。しかし多様化は、裏を返せば細分化であり、分派を生じさせる作用でもある。多様化はジャンルを成立させる一方、ジャンルを崩壊させる危険性を持つ、諸刃の剣である。これは「個と普遍」の問題として考えられる。

▽個と普遍
 例えば、如月さんを好きな人が必ずしも委員長のことを好きだとは限らないし、その逆の場合もあり得る。もちろん両方とも好きな人もいる。それだけでは特に問題はない。しかし、如月さんと委員長の2人を同じ「眼鏡っ娘」という概念で括って呼ぶとき、「個と普遍」に関する問題が発生する。如月さんも委員長もどちらも個性的で代替不可能な魅力を持っているにも関わらず、同じ普通名詞の「眼鏡っ娘」と呼ばれるときには代替不可能な個性は捨象されてしまう。如月さんや委員長それぞれの個性的な魅力は、普遍的な「眼鏡っ娘の魅力」とは厳密には一致しない。そしてこのことに気づいた瞬間、恐るべき問いが生じる。我々は具体的に固有名詞として存在する何者かが好きなのか、それとも実際には存在しない抽象的な眼鏡っ娘が好きなのか。解りやすく言うと、「私が好きなの? 眼鏡が好きなの?」という問いである。ああ、恐ろしい。
 これが「個と普遍」の問題として古来から知られている矛盾である。存在するのは如月さんや委員長などの具体的な個々の人格であり、眼鏡っ娘なる具体物は存在しない。眼鏡っ娘は普通名詞である。我々は具体的な個々の人格を目にする経験を反復することにより、概括作用を経て抽象的な眼鏡っ娘のイメージ=概念を心の中に作り上げる。そうなると、個々の経験の差により、同じ「眼鏡っ娘」という言葉を使用していても、頭の中にあるイメージは異なることになる。如月さんから眼鏡っ娘の道に入った者と、委員長から眼鏡っ娘の道に入った者で眼鏡っ娘に対するイメージが異なるのは、ある意味当然の事態である。もちろんどちらかに優劣があるというわけではないが、眼鏡っ娘のイメージが人によって異なるのは不可避な事態である。

▽アイデンティティ・クライシス
 自分の信じていた眼鏡っ娘イメージが揺らぐという状況は、オンリー・イベントの会場で先鋭的に発生する。我々は、自分が眼鏡っ娘だと思うものを「眼鏡っ娘」と呼ぶ。しかしオンリー・イベントの会場には、我々が眼鏡っ娘と思う以外の眼鏡っ娘もたくさん来ている。自分の概念と異なる眼鏡っ娘概念に遭遇したときに驚く程度であればまだマシで、ひどいときには怒りすら覚える。「こんなの、眼鏡っ娘じゃない!」と怒ってしまうのは、自分の眼鏡っ娘概念を根本から否定されたように感じてしまうからだ。まだ眼鏡っ娘がジャンルとして成立していなかったときには、眼鏡っ娘と認めがたい者を見たとしても「これは例外だ」と切り捨てることが可能だった。しかしオンリー・イベントとして一括される場にまとまっている以上、その場に存在する者は例外なく全て眼鏡っ娘と呼ばれる資格を持つ。自分が眼鏡っ娘と呼びたくない者が別の観点から眼鏡っ娘と呼ばれるという事実は、自分のアイデンティティを危うくする。
 これはオンリー・イベントを成立させた多様化という基本的な条件が、同時に単一の眼鏡っ娘イメージの成立を不可能にしたことを端的に示している。あるジャンルの中でさらに細分化が進行することは一般的に「分裂」として危険視され、しばしば統一に向けての動きが発生する。たとえば近代の国民国家は民族の統一を目指すが、これは国内の統一性を高めようとする動機に由来する。しかしこの動きがユーゴスラビアに見られるような悲劇を産んでいることは事実である。極度の統一を求める態度は、最大勢力による少数派の排除に結びつきやすい。オンリー・イベントを契機に価値観の統一が目指されるとしたら、そもそも統一など不可能なのだが、危険な徴候といえるかもしれない。

▽多様化の可能性
 オンリー・イベントの価値と可能性は、むしろ雑多な多様性にあるのではないだろうか。特に眼鏡っ娘ジャンルにおける多様化過程のおもしろいところは、眼鏡っ娘を超えて様々なジャンルに接続していく柔軟なエネルギーである。たとえば最近ではメイド界との接続が著しい。ネコミミとの接続も「めが猫」という形で実現している。他にも多用な接続の可能性を秘めているが、それは眼鏡っ娘界の内部で十全に多様化が進行することによって可能となる。逆に眼鏡っ娘ジャンルの外部が多様化しても、眼鏡っ娘という思想はそれを柔軟に受容することができる、そして内部で充分に消化してから外部へフィードバックすることも可能である、多様性とは、可能性のカタログでもあるのだ。
 多様化が進行する中、オンリー・イベントは眼鏡っ娘という思想の包括的な可能性を総攬する博覧会となる。そしてそれは様々に多様な他領域と接続するエネルギーを包蔵した可能性の場となる。多様性とは分解に向かう力ではなく、むしろ多方に可能性を供給するエネルギーの源であり、翻って単一なる「眼鏡っ娘」を力の核として具現化させる条件である。「多」と「一」とが一致し、「個」と「普遍」が統一されるのは、それぞれの掛け替えのない個性が多方に充分に発達し、そのエネルギーを具現化させる適切な場が与えられたときである。オンリー・イベントは自分の考えを押しつける場所ではなく、自分の考えとは異質の眼鏡っ娘たちと遭遇する場、これまでの自分を壊して新しい眼鏡っ娘を発見する場としてこそ意味を持つのではないだろうか。そのためには自分の考えと違うものを「例外だ」と拒否する態度ではなく、多様なエネルギーを一身に受容する感受性が要求される。

▽勝利の未来へ
 眼鏡っ娘オンリー・イベントは、その存在自体が「眼鏡っ娘」を普通名詞として認知させる公式宣言である。これは眼鏡っ娘が普遍的な存在として広く認知される契機になるだろうが、逆に個と普遍の問題がさらに先鋭化する恐れもある。今後イベントが続行する中で、個と普遍の相克が深刻な危機を引き起こすこともあるだろう。その危険性は西川魯介『屈折リーベ』で余すところなく表現されていたが、これは眼鏡っ娘を愛する者たちに対して宿命的に突きつけられた試練である。我々は、恐れることなくこの試練に挑戦していかなければならない。それは、長く辛い旅になるだろう。おそらくその試練は、普遍的な眼鏡っ娘概念を突破し、ただ一人のマイ眼鏡っ娘を探し当てたときに終わりを迎える。その過程で倒れる同志も出るかもしれない。しかし、今や、我々の手にはオンリー・イベントがある。道半ばで倒れた旅人たちも、生まれ変わって歩き出す、そんな再生の場である。古い自分を壊し、新たな眼鏡っ娘の魅力と可能性を発見する成長の場である。一方で、オンリー・イベントは、最前線で体を張って健気に頑張る眼鏡っ娘たちへの応援の場であり、彼女たちを虐げる理不尽な社会へ喝を喰らわせる戦場である。負けるわけにはいかない。眼鏡っ娘の勝利が先か、我々のアイデンティティの崩壊が先か、それを決めるのは我々自身の意志の力である。そして意志の力の結集が眼鏡っ娘オンリー・イベントを実現させた以上、後は、勝つだけだ。

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 と、客観性を装った文章ですが、自分語りに入らせてもらえば、実はこの時点でぼく自身がアイデンティティ・クライシスに差し掛かっておりました。というのも、ぼくの内部での「ザ・眼鏡っ娘」とは田渕由美子を筆頭とする70年代少女マンガの眼鏡っ娘であって、1990年代後半から人気を誇ったギャルゲー系眼鏡っ娘に対しては率直に言ってずっと違和感を持ち続けており……そしてさらに眼鏡っ娘オンリー・イベント会場には、ぼくが支持する少女マンガ系眼鏡っ娘の姿はまったく見あたらず、ほとんどがギャルゲー系眼鏡っ娘で埋め尽くされていた……という事情があったからです。
 なので、この文章の中で「自分の信じていた眼鏡っ娘イメージが揺らぐという状況は、オンリー・イベントの会場で先鋭的に発生する」とか「自分の概念と異なる眼鏡っ娘概念に遭遇したときに驚く程度であればまだマシで、ひどいときには怒りすら覚える」と言っているのは端的にぼく自身のことであって、「自分の考えと違うものを「例外だ」と拒否する態度ではなく、多様なエネルギーを一身に受容する感受性が要求される」という一文は、自分に言い聞かせるように書いたものでした。
 この後から今日までの約5年は、いろいろなことに手を出したり足を突っ込んだりしながら、我執を去って「感受性」を獲得していく過程だったような感じがします。具体的には、ギャルゲー系を含め5年前の自分が違和感を抱いていた眼鏡っ娘に対して、心から可愛いなあと思えるようになった、ってとこでしょうか。東浩紀氏に言わせればおそらく「動物化」という現象でしょうが、自分自身にとっては、これは間違いなく進化だ。

■12/11■2001年〜2002年にかけての客観的眼鏡情勢−眼鏡の世紀の開幕
 今思いかえしてみれば、21世紀に入ってすぐに眼鏡界に大きな転換が訪れます。時系列で列挙すると、
  • 2001年1月 西川魯介『屈折リーベ』単行本化
  • 2001年2月 下北沢にZoffがオープン 低価格化の流れが決定的になる
  • 2001年3月 小野寺浩二『妄想戦士ヤマモト』#7に「めがねっ娘教団」初登場
  • 2001年4月 眼鏡っ娘only同人誌即売会「Glasses」第一回開催
  • 2001年5月 眼鏡っ娘only同人誌即売会「めがねっこフェスティバル」第一回開催
  • 2001年6月 眼鏡っ娘only同人誌即売会「眼鏡時空」第一回開催
  • 2001年7月 Tommy February6デビュー 『non no』の表紙に眼鏡
  • 2001年7月 『サイボーグしばた』で「メロン記念日」村田めぐみがメガネ化
  • 2001年9月 門脇舞デビュー
  • 2001年10月 Cuite Paiのまゆちゃんが眼鏡を装備
  • 2002年2月 田丸浩史『ラブやん』#6に「メガネ喫茶委員長」登場
  • 2002年3月 『週刊SPA!』で眼鏡特集 はいぼくのインタビュー記事も掲載
  • 2002年7月 『G-onらいだーす』放映開始
  • 2002年9月 メイド喫茶「marys」(現「Cafe Mai:lish」)で第1回眼鏡っ子Day開催
  • 2002年9月 「メガネっ娘居酒屋委員長」開催
 こんな感じで、21世紀はいきなり眼鏡っ娘マンガの金字塔『屈折リーベ』単行本化で幕を開け、明らかに流れが追い風に変わっています。「めがねっ娘教団」初登場とか、3ヶ月連続only即売会開催とか、なにか全ての歯車が噛み合って強烈な加速を始めた歴史のうねりを感じ、これだけ見ても感慨深いものがあります。
 三次元世界では、渋谷明治通り沿いに次々とファッショナブルなオプティカルショップ=メガネ屋が開店し、まさにメガネストリートに。街に眼鏡っ娘が溢れかえります。新宿と比較して渋谷に眼鏡っ娘が多かったのは、この時期の変化の特色を表しています。低価格化によって、一人が何本もメガネを持つというスタイルも定着します。この流れの中で開催された「メガネっ娘居酒屋委員長」は、高らかな勝利宣言という位置づけでいいでしょう。この時期に眼鏡コア層が確立し、3年を経てライト層に広く浸透したのが、2005年末現在の客観的情勢です。
 ぼく自身がこの時期に得たものも非常に大きかったです。西川魯介師、山本夜羽(現在は夜羽音)氏、平野耕太氏などメガネマンガ界のカリスマと会い、まつおか俊介氏やみやざきあきら氏などメガネ同人黎明期を支えた人の話を聞けたりして、確信が深まっていきます。
 しかし一方では同時に「個と普遍」の問題が深刻になる過程でもありました。渋谷・代官山・表参道あたりに一挙に増えた眼鏡女性を、眼鏡っ娘と呼べるのか呼べないのか。その議題はTommy February6の位置づけに関する議論(「メガネっ娘居酒屋委員長」において、山本/平野/西川によって展開された)に先鋭的に表現されていたように思います。平野耕太氏の「tommyよりも光浦のほうが素敵である」という主張は、この時期に意識され始めた「個と普遍」という困難に関するエッセンスが凝縮され、実に示唆に溢れています。
 次は、この客観的情勢を受けて、主観的な課題をどう認識し達成するかという話になります。

■12/12■1995年の客観的眼鏡情勢−眼鏡の夜明け前
 昨日は21世紀における眼鏡の躍進について考えましたが、この大転換は急に発生したのではなく、その前に様々な伏線が張られていました。夜明け前の重要ポイントとして、1995年がたいへん大きな位置を占めているように思います。眼鏡に関する事件を時系列で列挙すると、
  • 1995年1月 野坂なつみと野村義男が結婚
  • 1995年9月 三瓶哲男氏、眼鏡ブランド「999.9」をスタート(翌年会社設立)
  • 1995年9月 Lisa Loeb『Tails』でデビュー
  • 1995年10月 めがねコミュニケーション宣言旗揚げ
  • 1995年10月 『ときめきメモリアル』PS版発売
  • 1995年11月 『魔法戦士レイアース』放映終了
  • 1995年12月 西川魯介『屈折リーベ』連載開始
 1995年は、日本全体としても、1月の阪神大震災、3月のオウムサリン事件により、大きな歴史の転換点として記憶される年です。オタク的には10/4からの『エヴァンゲリオン』放送が一つの画期となりますが、眼鏡的により重要なのは前年10月から放映された『魔法戦士レイアース』と10/13のPS版『ときめきメモリアル』の発売であるように思います。
 『レイアース』と『ときメモ』が眼鏡の歴史にとって重要だったのは、「同等のヒロインが複数人いるときに、そのうち一人が眼鏡」という様式を確立したことです。この様式は1970年代から少女マンガでは存在していましたが、アニメで広く認知されたのは『レイアース』が最初です。ゲームでのこの様式の登場は92年の『卒業〜graduation〜』が最初でしょうが、コミケでのサークルカットを見る限り、広く認知されたのは『ときメモ』がきっかけです。その流れは、アニメでは『おジャ魔女どれみ』、ゲームでは『To Heart』が引き継ぎ、拡大していきます。(1995年以前に流行していた『うる星やつら』『セーラームーン』や『ストII』『サムスピ』といった格ゲーの複数人ヒロインシステムにおいて眼鏡が不遇だったことは、その後の複数人ヒロインシステムとの対比として注意してよい)
 この「複数人ヒロインシステム」が眼鏡にとって重要だったのは、おそらく、そのシステム自体に眼鏡萌えを自覚させる作用があったからでしょう。同等のヒロインが複数人いるのになぜかいつも眼鏡のキャラに惹かれてしまう……その事実に気がついたとき、「比較」と「概括」という概念形成作用が促され、「眼鏡っ娘」という概念が誕生します。
 この眼鏡浮上の流れは統計的な観点からも明確に見て取ることができます。詳しい数字はこちらを参照して頂ければと思いますが、コミケカタログに現れた眼鏡っ娘のサークルカットは、1994年夏と1995年夏を比較すると、数で3倍(全体に対する比率で2倍)にも膨れあがっています。この拡大傾向は2001年まで順調に続きます。眼鏡っ娘のサークルカット比率のグラフを見ていただければ一目瞭然ですが、1995年が明らかに上昇へのターニングポイントとなっています。
 私事で恐縮ですが、1995年はぼくが眼鏡活動を開始した年です。この年に活動を開始したのは、おそらく偶然ではなく、大きな歴史のうねりが発するサインをどこかで受信したのではないかと思っています。サインを受信したのはぼくだけではなく、現在も最前線で活躍している眼鏡系クリエイターがこの時期に眼鏡活動を開始しています。その中でも最大の事件が95年の暮れから『少年キャプテン』に連載を開始した西川魯介『屈折リーベ』であったことは言うまでもありません。
 三次元で重要だったのは、眼鏡ブランド「999.9」の登場です。95年から始まったデザインの改革が2001年以降のリアル眼鏡ブームに直接つながっていきます。90年代前半までの眼鏡と21世紀以降の眼鏡のデザインを比較すると、10年でここまで変われるのかと、あまりの違いに驚嘆します。Tommyのデビューも、時東あみちゃんの登場も、95年の「999.9」がなければあり得なかったように思います。またLisa Loebのデビューが1995年というのも偶然なのかどうか。
 さて、さらに遡れば、同人界では80年代後半から活動している『メガネの娘でなきゃやだ!』、マンガでは70年代少女マンガの諸メガネ、80年の鳥山明『Dr.スランプ』、美少女界では80年代後半の森山塔、みやもと留美、山本夜羽など自覚的な眼鏡萌えの先駆形態、ゲームでは89年のGAINAX『電脳学園』、三次元では斉藤ゆう子、セイント・フォーなど、さまざまな領域で眼鏡っ娘が活躍していたのは事実です。ただ歴史学的に総括するならば、それらはまだ点であったように思います。点であったものが線になったのが1995年、そして線が面になったのが2001年であるように見えます。そして面が厚みを持ちはじめたのが、この2005年の状況と言えるのではないでしょうか。


■12/13■2001年以降の主観的眼鏡情勢
 で、2001年頃に「個と普遍」の問題を認識したわけですが、ぼくが具体的に何をしたかというと、修行でした。ギャルゲー修行。
 もともと思想信条として実践主義を採用していて、有害コミック問題を考える際は自分で有害コミックを描くという実践を、70年代少女マンガを考える際は自分で少女マンガを描くという実践を通じて思索を深めていったわけですので、ギャルゲに取り組まねばならないと自覚したら、自分で作る、そんな修行。
 で、LOVER-SOULと廃屋譚を立ち上げます。まあ隠す必要もないので、"はいおく"は私の別人格なんですが、この人格を使っていったん眼鏡を心の棚に上げて(by島本和彦)、01年冬から修行期に入ります。廃屋譚は同人実践を体得し、LOVER-SOULはゲーム制作を体得しようという目的となります。まあ、どちらも当初の目的を超えて自律展開しちゃったのがちょっとおもしろいです。
 まず廃屋譚での修行が功を奏してコミケの常連壁配置になり、エロゲンガーの話が舞い込みます。エロゲの原画を描くことになるとは予想も予定もしていなかったのでビックリしましたが、たいへん得がたい経験となりました。本来は我執を去って修行に励む目的だったはずのところ、千載一遇のチャンスに思わずエゴをゲームに込めまくってしまい(具体的には、心の棚から眼鏡を取り出して、本来は眼鏡じゃないキャラに眼鏡をかけまくってしまい)ました。
 ←てことで眼鏡っ娘がいっぱい出てくるゲームなので、興味ありましたらぜひプレイしてみてください。つい最近制作元ブランドが休眠を発表してビックリしていますが。『ビジュアルファンブック』にも、いろいろ眼鏡エピソードがあります。
 またLOVERSOULが商業ブランドになることも予測も予定もしていなかったのですが、チャンスが舞い込んで商業化に踏み切ります。なってみれば、通常では得られない情報や経験が獲得でき、いろいろ考えさせられることが多いです。もちろんプロである以上、顧客を満足させるための努力を重ねますし、守秘義務が生じる情報などはとうぜん墓まで持っていきますが、この貴重な私的経験を眼鏡思索に活かすことに関して罰は当たるまい。
 そんなわけで2001年段階では少々の違和感を持っていたギャルゲーでありますが、いまやプロの末席に列する視点から物が見えるというふうに立場が変わり、眼鏡に関してもいろいろ思うところがあります。個人的には実践の過程で「個と普遍」の我執を超えて行けたように思いますが、論理的にも何か出てきそうな新しい地平が開けた感じになりました。
 そしてこの修行過程で眼鏡友の会/E.C氏と再会したのは、なかなか感慨深い出来事でした。眼鏡友の会/E.C氏とは1996年のコミケで出会います。当時はインターネットも発達しておらず眼鏡っ娘関連WEBなんてものはほとんど存在せず、onlyイベントも当然ないので、眼鏡同志と会えるのは年2回のコミケだけでした。このコミケで眼鏡オーラを垂れ流しにしていたのがE.C氏で、それ以来コミケ毎に眼鏡魂を確かめ合う同志となったのですが、2000年頃から音信不通になります。ところがこの期間、眼鏡友の会/E.C氏はゲーム業界で地位を築いており、なぜか業界の会合でばったり再開するという不思議さ。
 ←そんなわけで眼鏡友の会/E.C氏シナリオのゲームが新発売されております


■12/14■『クローズアップ時東ぁみ』を見た+あみちゃん記事3つ
時東あみ『クローズアップ時東ぁみ』2005_12_12 スカパー371ch『エンタ371!』で放映された『クローズアップ時東ぁみ』を観ました。
 浅草めぐりの合間にプロモビデオとイベントレポートが入るという内容です。
 プロモビデオは『黄昏女艶のブルース』が流れたほか、番組の終わりに浅草巡り映像に合わせてPV風に『21世紀まで愛して』が流れました。
 イベントレポートでは、「第3回秋葉原メガネまつり」「第4回秋葉原メガネまつり」「ピヴォガール制作発表会」の様子が放映されました。第4回メガネまつりで上映された「ゴミ掃除」の映像は欲しかったので、フルで流れたのが嬉しかったのう。制作発表会では、やはり噛んだところが見事に放映されていました。
 浅草では恒例の場所を人力車で巡りますが、表情がころころ変わって体いっぱいで感情を表現するのが見ていてたいへん気持ちいいです。時折見せるメガネを直す仕草も板に付いてきました。なかでもいちばん印象的だったのは、眼鏡屋さんの前でのはしゃぎっぷり。指さして「あれかわいい!」と喜ぶ様は、見ているこっちも嬉しくなってきます。
 ちなみにタイトルの『クローズアップ』の「ー」と「ス」の間に検眼表の「C」があったり、赤縁メガネが効果的に使われたりして、低予算ぽいなかで見せてくれる粋な計らいが好感度高めな番組。次回は「秋葉原」が舞台だそうです。「おでん缶」みたいに最早飽きられているブツなどには目もくれず、ディープなところに入り込んでもらいたいものです。
時東あみメガネ直し仕草三態(1)両手で直す(2)右手で直す(3)左手で直す ところでこんな記事が。HGのゲイにあみちゃんが凍りついたり、「フォ〜」の決めポーズに巻き込まれたりしたみたいですが、この映像はどっかで流れませんかね。
 また、あみちゃんのメガネがYahooのチャリティーオークションに出品され、20万円オーバーの値段が付いたとか。さすがです。オークション落札数は人気のバロメータとはよくいったもんですが、こりゃ確実に来てますね
 それから12/18は秋葉原でAiaiミュージック・カーニバルに参加するそうですが、私はゲーム制作が大詰で週7日18時間労働体制に入っており、参加は断腸の血涙で見送らざるをえない……。確信犯的メガネガール西村紗也香ちゃんを擁するtoutouも参加というのに、なんてこった。toutouのファンがさらにあみちゃんのファンに、あみちゃんのファンがtoutouのファンになるって感じで、メガネの輪が広がるイベントになるといいですね……って、くそ、行きてえ!


■12/15■時東あみ、PK戦でナイスセーブを連発する
 いよいよ女子芸能人フットサルSPHERE LEAGUEが開幕しました。全国を回って年間6試合を闘い年間ポイントで総合王者を決めるというシステムで、今回が第一回大会。時東あみちゃんは「ミスマガジン」チームに所属するゴレイロ(キーパーのこと)で、リーグNo.1の呼び声があるほど高い評価を受けています。チャームポイントはもちろんメガネで、ダービッツ仕様です。ミスマガチームは前回大会で準優勝に輝いており、優勝が狙える位置にいるという前評判。スカパー、フジテレビ739で生中継です。
 が、ミスマガチームは、1回戦でASAI Red Roseに0-1で敗退。1991年生まれの山口百恵(とんでもない名前だな)にいいようにかき回されてしまいました。フィールドエースの溝口麻衣(視力0.06で日常生活はメガネだそうだからグラビア撮影もメガネで!)がマンツーマンでマークしてやっと押さえられた感じ。が、ボールがキープできず、チャンスをほとんど作れないまま敗退。ミスマガチームはリザーブ落ち決定戦に回らなければならなくなります。2連敗したらリザーブリーグに落ちて次回はトーナメント本戦に参加できません……ってことはテレビに映らないってことだから、一大事だ!
 会場は駒沢体育館。平日の真っ昼間だというのに満員に埋まった観客席。ぼくも作業さえ早く終わっていれば行けたのに……。観客席はほとんどGatasファンで占められていた感じですが、ミスマガチームサポーターの野太い声も会場によく響いていました。あみちゃんの「ミスマガ守護神」応援横断幕もいい感じ。「守護眼鏡」ってボードも目立っていました。いい響きの四字熟語だな。
 本戦トーナメント生き残りを賭けた決定戦は、ミスマガチームが圧倒的に中盤を支配しつつも決定力に欠いて0-0のスコアレスドローに終わります。なんか日本代表の試合を見ている感じで、もどかしかったぞ。
 そして勝負は3人制PK戦に……ってことでNo.1ゴレイロあみちゃんの独壇場に……と思いつつ、お兄さんは心配で心配でならない。正直、こんなに緊張して女子フットサルのゲームを観ることになろうとは予想していなかった。プレイしている娘たちがみんな真剣だから、どんどん引き込まれていくんだろうなあ。
 で、運命のPK戦。先行はミスマガ、一人目がゴール右に外してしまいます。プレッシャーがかかる場面でゴレイロあみちゃんがゴール前に仁王立ち。観ているほうもえらく緊張します。シュートはかなり強烈ですが、ゴール正面。あみちゃんは冷静に膝を閉めてボールを弾きます。うおっしゃ、ナイスセーブ!
 そしてミスマガチームの二人目が決めた後、あみちゃんがスーパーセーブを披露します。このセービングは実に美しかったです。思わず「をほはっ」とかわけのわからない叫び声を上げてしまったほど。←にGIFアニを作りましたが、ゴール左隅に強烈に飛んできたボールをめいっぱいに伸ばした右足でブロック、流れるような一連の動作で体ごとボールを押さえ込み、見事にゴールを防ぎきります。解説の水内さんも大絶賛のスーパーセーブ。
 これで俄然優位に立ったミスマガチームですが、3人目が外してしまい、またもあみちゃんの見せ場がやってきます。相手チームの3人目は明らかにあみちゃんの実力にナーバスになっており、ゴール隅を狙った球は大きく枠を逸れ、ミスマガチームの勝利、本戦生き残りが決まりました、これで次回大会でもあみちゃんの活躍を観ることができます。3人連続セーブという離れ業での勝利。手放しでベタ褒めです。今度は会場に行ってみようかな……って、また平日の真っ昼間か。
 ゲーム終了後、喜びと緊張感からの解放で大粒の涙をこぼすあみちゃんに、またもやキュンとなってしまいました。みんな真剣で清々しく、観ているこっちも気分が良くなります。たいへんいいものを観ました。


■12/16■ゲーム系メガネの頭打ち傾向について−新しい眼鏡っ娘は出現するか
 以前の雑記で2001年にメガネの飛躍があったと書きましたが、一転してギャルゲーの領域においては、眼鏡の進化は2001年で頭打ちになってしまっている感があります。というのも、眼鏡として優れたキャラを列挙しようというとき、現在でも1995年『同級生2』の水野友美、1997年『To Heart』の保科智子、1999年『こみっくパーティー』の牧村南と猪名川由宇、1999年『終末の過ごし方』の名は聞くものの、21世紀のゲームの名前はあまり聞かないからです。(『月姫』のシエル先輩に関しては、"眼鏡っ娘として"評価されているかどうか微妙。たとえば「保科智子で眼鏡DNAが発動した」という人は多くても、「シエル先輩で眼鏡に目覚めた」という人は多くないように見える)
 コミケのサークルカット比率の推移を見ても、1995年〜2000年までは順調に上昇を続けているのに、21世紀に入ったとたんに頭打ちになります。
 個人的には、優れたゲーム系眼鏡キャラは21世紀に入ってもたくさん登場してきているように見えます。『Sins Abel』のアポ、『ロケットの夏』のベルは、そうとうの水準を達成したと思います。が、一般的にはほとんど認知されていません。『天使のいない12月』の眼鏡キャラ透子が歓迎されなかったという事実は、新しい形態の眼鏡キャラを生み出すことの困難を端的に示しています。また『ぱいめが』はシナリオが高評価を受けながら、一般的に広く認知されていません。そのほかにもおそらく個々人としては良質な眼鏡っ娘に出会っている人も多いかと思いますが、客観情勢として見るならば、大きな流れを生み出すに至っていないことは厳然たる事実です。
 理由の一端として、ギャルゲーというジャンルの中で「眼鏡っ娘」概念が固定化し、「個と普遍」の作用が働き、新しい眼鏡っ娘スタイルが生まれにくい状況になったことが挙げられるかと思います。これ自体は、いいことでも、悪いことでもなく、端的な事実に属することだと思います。新しい眼鏡っ娘スタイルが生まれなくても構わないし、むしろ積極的にいいことだと判断する立場は、あり得ます。ただ今日は敢えて価値観として「眼鏡っ娘概念の固定化」を憂う立場に立って論述を展開してみます。
 「眼鏡っ娘概念の固定化」を憂う立場からは、その現象を「ファンの保守化」と捉えます。思考実験として、ある眼鏡っ娘スタイルを至上のものとし、他の眼鏡っ娘に対して「こんなの眼鏡っ娘じゃない!」と断ずる行為について考察しましょう。具体的には、たとえば「如月さん最高。これこそ眼鏡っ娘。シエル先輩なんて人気あるようだけど真の眼鏡っ娘なんかじゃない!」という考え方に対する考察です。
 この発言に対する一番の急所は、「あなたは如月さんが好きなんですか?それとも眼鏡っ娘が好きなんですか?」という質問です。「個と普遍」の問題をぶつけるわけです。もしも「如月さん最高!」と真剣に言っているとすれば、自分の感情を突き詰めていけば、「眼鏡っ娘」という抽象的な概念ではなく、「如月未緒」という具体的な人格を好きだという結論に落ち着くはずです。そうならねばその感情が嘘であるということは、西川魯介『屈折リーベ』が余すところなく描いています。
 ですので、如月未緒という具体的な対象を好きだとしても、無条件には「眼鏡っ娘が好き」だということにはなりません。それにも関わらず「眼鏡っ娘が好きだ」という表現が使用される場合、ここに「個と普遍」の罠が埋め込まれます。「個」と「普遍」の相克に対する反省を欠いたまま無条件に「如月未緒という個」と「眼鏡っ娘という普遍」を結びつけたとき、新しいスタイルの眼鏡っ娘を生み出しにくい保守化の地盤が築かれます。
 この罠を超えるためには、まずいったん「眼鏡っ娘」という抽象概念を棚に上げることが必要になります。無条件で「眼鏡っ娘が好きだ!」とは発話せず、「オレは如月未緒が好きなのか、眼鏡っ娘が好きなのか」を自分の感情を内省し、その上で発言する必要があります。この内省作業をいったんくぐると、「あんなの眼鏡っ娘じゃない」というセリフは、そう簡単には言えなくなると思います。
 しかしこの作業は、「眼鏡っ娘」という概念自体を無効にする恐れを含んでいます。内包が増加して外延が減少するという論理学の必然の現象ではあります。そしてその恐れが、内包の増加そのものに対する攻撃となって現れているように見えます。「あんなの眼鏡っ娘じゃない!」という発言は、内包の増加を抑制することによって外延の減少を防ぐ戦略です。内包の増加を抑制することによって外延の減少を防ぐ戦略……これがいわゆる「保守化」というものの一般的傾向です。2001年以降のゲーム眼鏡っ娘界は、この保守化パターンにハマっているように見えるわけです。
 じゃあ、結局どうすればいいのかというと、現象学の「判断保留=エポケー」という考え方が参考になります。あらゆる判断の前提を保留し、つまり「眼鏡っ娘」という概念をいったん忘れ、虚心坦懐に目の前の対象を見つめる。そのときに自分の内部に生じた感情に正直になる、というプロセスです。すると、「あんなの眼鏡っ娘じゃない」と言っていた対象から、それまで見えなかった魅力が不意に浮かび上がってくるのがわかります。少なくとも自分はそうです。あとは、その魅力を「眼鏡っ娘という概念」に一般化することができれば、それが新しいスタイルになり得る、そういう展望を持っています。逆に言えば、既存の「眼鏡っ娘という概念」から逆算して作られただけのキャラからは、それまで見えなかった新しい魅力なんて発見できるはずもありません。眼鏡っ娘の新しい可能性は、「こんなの眼鏡っ娘じゃない!」と思ってしまう対象からこそ生じてくるはずです。


■12/18■時東ぁみの『あたってくだケロロ#002』を観た&チケットを買った
 スカパー262ch「シアター・テレビジョン」で放映の、「時東ぁみの『あたってくだケロロ#002』を観ました。ピヴォ☆ガールの舞台に立つまでのドキュメントという内容で、今日は全4回の第2回目です。
 内容は、歌とダンスの稽古の様子と、12/11に行われた秋葉原でのCD発売記念イベントの舞台裏、ファンと直にふれあうイベントについてのコメントです。
 CD発売などで多忙のために芝居の稽古になかなか参加できないらしく、思うように演技できずに悔しそうな顔をしていますが、負けず嫌いっぽいところがよく出ていて、形容しがたい複雑な情緒(一般的に「萌え」と呼ぶ感情らしい)が沸き上がるのを抑え切れません。
 で、今日は4/1の単独ライブのチケット先行販売の日だったので、秋葉原に行って来ました。ステージイベントもあったのですが、絵描きの仕事のほうが詰まっていて泣く泣くスルー。確信犯的メガネガールtoutouも出演というのに……とほほ、なんで仕事を先延ばしにしたんだ>一ヶ月前の俺。チケットはギリギリの時間に確保完了。スタッフの人のチケットさばきの手際が悪かったので、その間にあみちゃん本人とフットサルPK戦のスーパーセーブについてなどたくさん話ができました。萌え。

■12/19■コミケカタログにおけるメガネ比率の最新調査結果とその考察(1)
 これは1982年以降のコミケカタログに掲載されたサークルカット全てに目を通し、その中に現れた眼鏡キャラの数を計測し、全サークル数で割って比率を算出し、その歴史的な推移を客観的に検討し、総合眼鏡理論構築のための基礎データとすることを目的とする研究である。右のグラフは、コミケ69のデータを加えた最新版である。
 今回の傾向についてはまた後に検討するが、まず指摘せねばならないことは、1995年から2001年にかけての状況の特殊性がいよいよ浮き彫りになったことだろう。まずはグラフを眺めていただきたい。問題の期間は色を変えておいた。この時期の特殊性は、誰にでも明らかに理解できるだろう。
 まず「メガネくん」の領域では、私が「神の見えざる手」と呼ぶ均衡現象が6年に渡って持続する。この間、流行のメガネくんは変遷するものの、全体の比率はほぼ一定を保つ。
 そして眼鏡っ娘の領域では、この間に爆発的な高度成長を遂げる。1994年冬と2002年夏の数を比較すると、絶対数で6.5倍、比率で3倍、年間平均成長率60%という、中国も真っ青のあり得ないハイ・パフォーマンスを実現しているのだ。2002年以降2005年現在にかけて頭打ち傾向にあるのと比較すれば、この1995年〜2001年がいかに熱狂を帯びた特殊な時期だったかが明確になる。
 この95年〜01年については歴史的な材料も揃っており、総合的に検討できる時期に来ているように思う。まとまった考察は現在準備中である。


■12/20■コミケカタログにおけるメガネ比率の最新調査結果とその考察(2)
 今回、眼鏡っ娘の比率は1.83%となり、2年ぶりに最高値を更新した。めでたい。特徴として注目されるのは、二次創作領域での後退と、オリジナル領域での躍進である。
 二次創作で最も人気を集めたのはライダー(Fate/Stay Night)だったが、11カットにとどまる。他に目立った二次創作眼鏡っ娘は桜木茉莉(苺ましまろ)と2Kたん(OS娘)くらい。ゲーム系眼鏡が単独で20カット近くを常時獲得していた5年前の状況からは、明らかに後退している。来期以降に注目されるのは、なんといっても秋月律子(アイマス)だろう。今期は2カットだったが、来期どこまで支持を伸ばすか期待が高まる。
 二次創作領域での後退にも関わらず全体的に眼鏡比率が上昇したのは、オリジナル領域での躍進のおかげである。この傾向は3年ほど前から見られたものであり、今後も持続することが予想される。
 メガネくんのほうは、ゆるやかな後退が続いている。今回はハリポタ大幅減の影響が大きい。コナンと最遊記も大きく数を減らし、テニプリも徐々に減退しつつある。こちらも二次創作の領域では後退傾向が強いと言えるだろう。しかしやはりオリジナルでの伸張傾向は堅実に持続している。特に今回はオリジナルメガネくんを扱うサークルが14集まって「メガネくんストリート」が形成されたことが大きな成果だろう。今後は、3.0%ラインを持続できるのかどうかとともに、メガネくんストリートの成長が注目される。


■12/21■総合眼鏡っ娘理論のシラバス
  1. はじめに
  2. 眼鏡っ娘論理学
    1. 眼鏡っ娘概念の成立−概括作用
    2. 眼鏡っ娘概念の揺らぎ−個と普遍問題
    3. 眼鏡っ娘弁証法
    4. 眼鏡っ娘形而上学
  3. 眼鏡っ娘歴史学
    1. 少女マンガにおける眼鏡っ娘表現
      1. 1970年代=「りぼんオトメちっく」における自我の発生
      2. 1980年代=有機体的眼鏡の広がり
    2. ギャルゲーにおける眼鏡っ娘表現
      1. 1990年代=有機体的ヒロイン配置の一般化
      2. 2000年代=個と普遍問題の発生
      3. コミケとONLY同人誌即売会
    3. 節目としての『屈折リーベ』
  4. 眼鏡っ娘社会学
    1. 自我としての眼鏡
    2. 行為としての眼鏡
    3. 規範としての眼鏡
  5. 眼鏡っ娘倫理学
    1. 誰が眼鏡っ娘を眼鏡っ娘と決めるのか
    2. 眼鏡っ娘を愛することは可能か
  6. おわりに


■12/22■時東あみ、NACK5に生出演する
 時東あみちゃんがラジオに生出演。NACK5です。NACK5と言えば文化放送顔負けの西武ライオンズ偏向報道(日テレの巨人中継の3倍くらい偏向していると言えば凄まじさは解るだろうか)で、日本ハムファンとしては微妙な局ですが、あみちゃんが出演ということで断固電波を受信すべくアンテナを目一杯に伸ばすのでありました。池袋に住んでいた頃は綺麗に受信できたけど、都内南部だと雑音がかなり入ってしまう……が、ネットでストリーミング放送があってクリアな音が聴けました、ありがとうNACK5。
 内容は、パーソナリティのケイザブロー氏が「いま巷で話題の眼鏡っ娘アイドル」とか「巷では眼鏡顔がもてると言われている」とか「眼鏡指数が高い」とか「今よりも可愛くなるために眼鏡をかける」とか「メガネをかけるとアイドルの時東あみちゃんに変身できる」とか眼鏡話を展開して、30分枠だけど内容が濃かったです。
 あみちゃんについて、ケイザブロー氏が「溌剌としている」とか「ニコニコしてしまう自分がいる」とか「パワーの塊」とか「元気の素が出ている」とか表現しています。生であみちゃんを見た人には解ると思いますが、まさにこれ、"元気の素"が出てる感。この感覚、たぶん眼鏡が大きく影響していると思うんだが、どうか。「元気の素」増幅装置としての眼鏡。新しい。
 それからケイザブロー氏はスタジオ前に集まったギャラリーの反応をよく拾って、おもしろかったです。「曲にあわせていい歳こいたみなさんが思いっきり踊ってる」とか「胸が大きくなったと聞いてギャラリー大拍手。Eカップでさらに大拍手」とか、情景が目に浮かびます。
 あみちゃん、声だけ聴くと高山みなみに似ている感じがしますね。あ、眼鏡コレクションはいよいよ100個ちかくになったそうです。そんなわけで、元気の素が出ていた番組でした。放送の模様は、たぶん明日以降こちらで試聴できるようになるかと。


■12/23■アンジェラ・アキ、ズームイン!!SUPERに出演する
 12/22の早朝、「ズームイン!!SUPER」の「特選エンタ」コーナーにアンジェラ・アキさんが出演しました。
 内容は、HMVインディーズチャートポップス部門年間1位の話題、12/20に恵比寿で行われたライブの模様、インタビューです。
 12/20のライブは抽選での招待制だったのでもりもりと申し込んでいましたが、発送を以て当選の代わりとさせていただくところのチケットは結局届かず、しょうがないので家で仕事をしました。インタビューは相変わらず徳島弁でおもしろいなあ。演歌の話とか。もちろんメガネも素敵。
 ほか、「2006年にブレイクしそうな最も注目のアーティスト」と紹介されていました。FF12でも注目を集めそう。公式サイトも模様替えしてますね。


■12/24■メガネのアイドルの系譜
 グラビアアイドルとしては、1998年に前田愛&亜希姉妹がジャンプでアラレちゃんコスプレをするという画期的な企画などがあり、単発でメガネグラビアがなかったわけではない。
 常時眼鏡のアイドルは、1984年デビューのセイント・フォー板谷祐三子が最初だろうが、実質的なアイドルとして1978年に小説デビューの新井素子が重要なのは、葛西氏の指摘のとおりだと思う。リアルな読子リードマンがいたという感覚が近いかもしれない。写真は1983年頃の新井素子嬢。1983年は『別冊SFイズム まるまる新井素子』が出版され、アイドルとしての新井素子の地位が確立した地点。ちなみに「おたく」という二人称は新井素子が80年代前半に頻繁に使用しており、オタク発生の系譜学としてこの時期のSF界隈は最注目だ。
 また、お笑いタレントとして天才クイズの司会(愛知県人しかわからない)をしていた斉藤ゆう子は1982年頃に活躍。
 マンガでは1983年に『りぼんオリジナル』に掲載された田渕由美子「浪漫葡萄酒」が、ダテメガネのアイドルを登場させている(上の図を参照)。1983年の田渕由美子は『りぼんオリジナル』の表紙を担当していたが、全6回中4回メガネが表紙と、ふるっていた。さて「浪漫葡萄酒」のヒロイン小督まみは、普段はメガネをかけていないが、ダテメガネをかけてCMに登場したとたんに人気爆発、ドラマなどにも引っ張りだこのメガネスターとなる。20年以上前、セイント・フォーのデビュー前ということを考えると、このメガネ観は進みすぎている。すごい。
 玉なしメガネのアイドル時東あみが登場したとき、まずぼくが思い浮かべたのは「浪漫葡萄酒」だったりする。キャラはかなり違うけど、メガネをかけてヒロインになるストーリーが、20年の時を経てマンガから現実と化したことを思うと、感慨深いものがある。
 2005年に稼働開始したゲーム『アイドルマスター』では、秋月律子がメガネのままアイドルとして活躍する。現実のアイドルマスターとして、つんく♂が時東あみを大ブレイクさせてくれることを願ってやまない。


■12/25■国仲涼子が『ブラザー☆ビート』でメガネ
 TBSテレビで放映されていた『ブラザー☆ビート』にメガネをかけた国仲涼子がヒロイン役で出演していて、つい先日最終回を迎えました。ヒロインが最後まで眼鏡をはずさず、しかも結婚披露宴にも着物にメガネで臨むところが、たいへん素晴らしかったです。地味でシャイで純朴そうな眼鏡っ娘。このシーンとか、メガネ論的にかなり驚愕しました。そうだよなー、あのカツラにも対応できるメガネを開発しなくちゃねっ。ちなみにこちらが国仲モデル
 そしてメガネ画像てんこもり満載の公式サイトにあざーす、


■12/26■アンジェラ・アキ、めざましテレビで生演奏を披露する
 12/26早朝、アンジェラ・アキさんがフジテレビ「めざましテレビ」に生出演し、「HOME」の生演奏をしました。パワフルかつ透明感に満ちた歌声がピアノの響きと完璧にマッチしたアンジェラ・ワールドに、大塚アナや軽部アナもただただ圧倒されるばかり。テレビで聴いてもこの音だから、現場にいたらもっと腹に響いただろうなあ。
 映像では各地でのライブ、握手会、サイン会の模様も放映されました。めざましテレビの中野アナも感激で泣いていましたが、各地でも感涙の人々多数。ナマウタの問答無用の圧倒的な説得力。そして相変わらずメガネも素敵。


■12/27■時東あみ、いろいろ
(1)USENのパソコンテレビGyaOで配信されている「RANK'n SHUFFLE」に、時東あみちゃんがゲストで登場しています。まとまったインタビューは最後の方にちょこっとあるだけだけど、動いているのを見て幸せ。トップから、3ch「音楽」に入り、「RANK'n SHUFFLE」をGO、無料で観られます。
(2)あみちゃんが東大阪市のイメージソングに参加しています。「東大阪めっちゃ元気な「まち」やねん」を作曲したのが地元出身のつんく♂。「東大阪市政だより」に掲載されたイメージソング初披露の記事によると、東大阪市イメージソングは青少年健全育成まちづくり市民大会"キキョウ・フェスタ"で初披露され、作曲者のつんく♂も駆けつけて「『六甲おろし』に負けないくらい、東大阪と言えばこの曲というようになってほしい」とコメントしています。ちなみに歌詞募集の市政だよりに載ったつんく♂のコメント
 そしてこの歌、つんく♂本人が歌っていて、あみちゃんも参加しています。さらに市の公式ページからダウンロードして聴くことができます。振り付けもどうぞ。が、音質が悪くてあみちゃんの声が聴きわけられぬ、残念。
 しかし……市長が「本市も厳しい市政運営を強いられています」とか「行財政改革を実行し」とか「大幅赤字が予想されます」とか言ってるわりに、豪快な税金の使い道だのう。名誉市民に司馬遼太郎氏がいるらしいけど、つんく♂もこの調子で殿堂入りして、あみちゃんのプロデュースに公的資金をもりもり注ぎ込め!
(3)NACK5の「特別コメント」がアップされました。














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