メガネっ娘居酒屋『委員長』2006冬−総括 2006年11月5日(日)にメガネっ娘居酒屋「委員長」2006冬が開催されました。昼の部から夜の部まで、10時間ぶっとおしのメガネ漬けでありました。参加された皆さん、出演者の皆さん、スタッフの皆さん、おつかれさま&ありがとうございます。出演者等はこちらの公式サイトの記録をご参照ください。 ぼくは、前回に引き続き主催ということで好きにいろいろやらせてもらいました。今回のコンセプトとして、まずとにかく「メガネそのもの」に焦点を当てたいと考えていました。これまで眼鏡っ娘についてはとにかく情報を集めまくって理論を深めてきましたが、メガネというアイテムそのものについてはさほどの関心を注がずに過ごしてきました。まあメガネそのものに対するフェチではなく「容貌も人格も含みこんだ総合的なキャラクター」としての眼鏡っ娘に興味と関心と愛情があるので当然なこととはいえ、よくよく考えるまでもなく「メガネあってこその眼鏡っ娘」です。昨今のメガネブームだからこそ、メガネそのものの知識に関しても、我々はそんじょそこらの人間に後塵を拝するわけにはいかないのです。というわけで、今回の「委員長」は、メガネそのものを極めていく契機にしようと構想しました。 そのために、マンガ家の山本夜羽音氏に福井県鯖江市に行ってもらいました。夜羽音さんはさすが伝説の第一回「委員長」の仕掛人、鯖江市でも大戦果を挙げて帰ってきました。福井県鯖江市はメガネフレームの国内生産シェア95%を誇るまさに眼鏡の聖地です。第一回「委員長」のときから「二次元メガネ界と鯖江との連携」は話題として上がっていて、4年経ってようやく第一歩が踏み出されたわけですが、その大きな一歩を築いたのも夜羽音さんでした。 夜羽音さんは鯖江市役所と商工会議所に赴いて「メガネ界の団結」を訴えましたが、さすがにその言葉はすぐには聞き届けられません。しかし福井眼鏡協会理事の坂野氏を紹介され、事態は急速に進行します。めがね会館の坂野氏を訪れた夜羽音さんはここで「メガネへの情熱」を訴え、二次元メガネ界の息吹を伝えることに成功します。これまでまったく連絡していなかった二つの世界を繋ぐ回路が開いた瞬間です。アロハシャツにサンダル履きのオヤジが怪しげな話をふっかけているのによく通じたものだなあと、いま思い返しても画期的なできごとでした。ていうか、ネクタイ締めていこうよ>夜羽音さん。 夜羽音さんはメガネマラソンのポスターや、福井県眼鏡産業の歴史が綴られた『福井とめがね』、眼鏡型ネクタイピンや眼鏡型バッジなどの各種グッズを得て東京に帰還します。いただいたグッズは「委員長」にてプレゼントで配りました。また、iOFT(メガネの国際総合展)の招待券も大量に獲得してきたので、10/11のiOFTへの参加も可能となりました(関係者以外の一般人は基本的には入場できない)。 そんなこんなで、昼の部§1は夜羽音さんによる鯖江紀行レポートでした。鯖江が構造的な不況にあること、その打開策についてのアイデアなど、ここで話し合ったことは一週間後の鯖江遠足で遺憾なく活かされます。たいへん有意義な時間となりました。 昼の部§2は、魯介さんの上野「眼鏡の碑」レポートです。慈眼大師ゆかりの地である上野不忍池の畔にある「眼鏡の碑」は、明治百年を記念して昭和43(西暦1978)年に東京都の眼鏡産業関連の方たちの尽力により設置されたものです。毎年春には眼鏡供養が行われているので、来年は参加してこようと思っております。魯介さんは眼鏡の碑のほか魚や鳥や包丁などの碑を視察し、帰りに「白山眼鏡店」でニュー眼鏡をゲットするという戦果をあげてきました。 §2では、さらに10/11にビッグサイトで開催されたiOFT(メガネの国際総合展)のレポートも行いました。iOFTにはぼくと桜坂洋さんと夜羽音さんとほしのえみこさんで見学してきました。iOFTでは「日本メガネベストドレッサー賞」の授賞式の観覧のほか、福井ブースで眼鏡協会の坂野氏とお話する機会に恵まれました。福井ブースでは、独自ブランド「The291」の紹介のほか、学生と共同で行っているフレーム開発の成果を見学しました。また、鯖江市役所ものづくり課の方と名刺を交換する機会にも恵まれ、これが11/12の遠足を実現する大きな伏線となりました。iOFT自体は数千万円単位の取引が行われるビジネスの場で、参加者の大半は卸売と小売店のビジネスマンといった雰囲気でした。眼鏡っ娘のキャンギャルが大量にいることを期待して行ったぼくとしては軽く失望してしまったのですが、スーツのビジネスメガネ男子が好みの方にはパラダイスじゃないかと思います。というか、ブースにいるキャンギャルが眼鏡レスなのは激しく間違っているダロ>iOFT出展各社! そんなわけで「委員長」では「The291」などを紹介しましたが、実物を手にとって見られないとインパクトが薄いんですよね。実際に触ったりかけたりしてみると、なかなかの感動を味わえます。ベストドレッサー賞の授賞式は、かなりの数の席が用意されていたにもかかわらず、我々が会場に着いたときにはすでに満席で立ち見があふれている状態でした。各テレビ局などマスコミ陣も多く、そうとうの関心を集めています。「委員長」ではニュースで流れた授賞式の模様を見ながらレポートしました。光浦が本当に嬉しそうだったのが印象的な授賞式でした。 さらに夜羽音さんがアゼルバイジャンに眼鏡を送ろう計画もぶちあげました。全世界の恵まれない少女たちに眼鏡をプレゼントしようという慈善計画であります。アゼルバイジャンの少女から「おにいちゃんがくれた眼鏡のおかげで勉強ができます」という眼鏡写真つきの手紙が寄せられるなんてことは期待しません、あくまでも慈善事業です、ええ。我々としては慈善で行いたいことなので感謝の手紙はまったく要求しませんが、どうしてもという少女は日本大使館まで写真つきで送ってください。ところで、すでにネパールで眼鏡を無償でプレゼントしている方はいるんですね。我々も全世界の近視少女のために頑張りたいものです。 昼の部§3は、神咲まゆみさんの検眼動画鑑賞からスタートしました。神咲さんは今回が「委員長」初登場ですが、あまりのメガネ愛のレベルの高さに魯介さんや伸平さんなどレギュラー出演者陣もしきりに感心しておりました。検眼の様子にひとしきりハァハァした後、神咲さんのメガネコレクションを披露してもらいました。持ってきてもらった眼鏡は20本くらいですが、他に眼鏡啓蒙のために友達に何本もプレゼントしているとのことです。なんていい娘なんだ! 西川魯介師もメガネコレクションでは負けていません。ケースいっぱいに納まった眼鏡の図は圧巻です。そこで伊藤伸平さんを審判に、魯介師v.s.神咲さんのメガネ対決を行いました。三本勝負でしたが、評価基準は「かわいいこと」ということで神咲さんの三連勝。しかしそこはさすが教祖、疑惑の判定にまったく動じる様子もなく、対決用に持ってきたメガネを神咲さんに次々かけさせるという快挙に出ます。ありがとうございます。壇上の伸平さんも48時間ぐらい寝てないくせに大はしゃぎでメガネ写真を撮ったりして、大喜びでした。しかし顔の筋肉だけでかけるモノクル(片眼鏡)はかけるのが大変でしたねー。 §3後半は、眼鏡動画を見ながらのフリートーク。鑑賞したのは、『ブラザー☆ビート』で文金高島田のかつらに眼鏡がはまらない図、『セーラー服と眼鏡』で長澤まさみの眼鏡がよい、中国人合気道眼鏡ポニーテール美人ウー・チョンさん、女流王将千葉涼子のズレ眼鏡、みずほ銀行CM鈴木京香が眼鏡で犬と戯れる、神宮球場めがねDAYの様子、奥華子が眼鏡をかけると路上ライブで人が寄ってくる様子、ヤンマーの眼鏡CMなどでした。中国人合気道眼鏡さんはフロアからも壇上からも大絶賛の嵐でしたねー。 昼の部§4は桜坂洋さんの報告で、文字媒体におけるキャラクターに関する議論を行いました。 話の大きな文脈としては、8/26の「委員長」の中で、1995年から主にコミケで眼鏡キャラに対する意識が高まるという話をしたとき、桜坂さんがプレステ等コンシューマーゲーム機の普及が大きな鍵を握っていると指摘したところから話が始まります。1994年暮れのプレステとセガサターンの発売により、高解像度かつ大容量の映像と高質の音声が高速で展開できるようになり、いわゆる"マルチメディア"としてのキャラクターゲームが可能となりました。そもそもファミコン程度の解像度では、メガネフレームのような繊細な描写は、不可能とは言わないまでも相当な困難を伴います。『ときメモ』の如月さんの眼鏡が細いメタルフレームではなく太いセルフレームだったのは、スーパーファミコンの解像度に制約されていたという技術的な問題だったと推測されます。プレステレベルの画像処理能力を持つコンシューマ機の登場により、ようやく美しくかわいい眼鏡のビジュアル描写が可能になります。これにより、従来は一部の先進層が高価なパソコンで愉しんでいただけの娯楽(高解像度のキャラクターゲーム)が一般層にも広く浸透し、人々が眼鏡っ娘の素晴らしさに接する機会が増え、日本全国で埋もれていた眼鏡DNAが覚醒していった……のではないか。 これは実証が困難な"仮説"ではありますが、コミケのサークルカットの変遷を見てみると、状況証拠は揃っているように思います。1995年までサークルカットに眼鏡っ娘が描かれることは稀だったのですが、95年以降はマンガやアニメではなく「ゲーム」に登場する眼鏡っ娘が中心となり、サークルカットに登場する眼鏡率が上昇していきます。たとえば『ときメモ』の如月さん、『サクラ大戦』の紅蘭、『ToHeart』の委員長、『こみパ』の由宇と南さんというふうに、90年代後半はゲームを中心に眼鏡っ娘文化が花開きます。アニメでは『レイアース』の風ちゃん、『ウテナ』のアンシー、『どれみ』のはづきっちが頑張りますが、コミケカタログを見る限り、一時的な人気大爆発ではアニメのほうが勝っても、長期的に熱心なファンが支えるという点では遥かにゲームのほうの影響力が強いことが明らかです。 桜坂さんには、90年代後半から先の眼鏡キャラ描写について示唆に溢れる報告を行ってもらいました。桜坂さんの指摘によれば、まず現在のオタク界においては「メガネ」とか「メイド」とか「巫女」といったビジュアルとして見てすぐにわかるようなキャラ造形に関する議論はほとんど行われず、もっぱら「ツンデレ」なり「素直クール」なりキャラクターの内面造形に関する議論が目立っています。そしてビジュアルに特化した「メガネ」や「メイド」や「巫女」は、オタクではなく、地上波テレビ番組などを通じて一般層に拡散しています。こうしてオタク層は「萌え」と言ったときに「ツンデレ」などキャラクターの内面造形を優先的にイメージしますが、一般層は「メイド」などビジュアルをイメージするという、二分化が顕著になってきています。桜坂さんの分析では、これらの現象は「blog文化」と密接に関係しています。 ぼくが理解したところでは、90年代後半に「ゲーム」というジャンルを根底から支えた文化は「webサイト」であり、各webサイトがビジュアルを伴った情報発信を行うことにより「メガネ」や「メイド」に関する理解と関心が高まり、さらに情報の質と量が高まりました。絵の技術の伝播速度は格段に早くなり、誰かが「正しいメイドの描き方」の技術を解明するや否や一気に日本中の絵描きに波及します。自負を申しあげることを許していただくならば、ぼくが指摘して以来、「間違った眼鏡」というのもずいぶん減りました。こうしてビジュアルに関わる眼鏡やメイドや巫女等の「萌え」はwebサイトにより伝播することで質と量が高まるのですが、この状況が2003年あたりからのblog文化の隆盛により変化します。 桜坂さんの指摘によれば、blogはビジュアルに頼らず、もっぱら「文字」による情報伝達を行います。文字媒体のblogは、メガネやメイドや巫女といったビジュアル的な「萌え」ではなく、キャラクターの内面造形を文字で伝達することに特化していきます。その過程で深まっていったのが「ツンデレ」なり「素直クール」といった"概念"です。ビジュアル的な萌えは地上波などでも一般層にわかりやすいように劣化した形で演出することが可能ですが、キャラクター造形に関する議論はオタク層が特権的に活躍するフィールドとなります。こうして低解像度化されたビジュアル萌えとして「メイド」や「メガネ」が一般のライト層に"消費"される一方、マニア層は「ツンデレ」や「素直クール」等の"概念"を追究し深める方向に進みます。このような「映像/文字」の分化が、オタク層がいわゆる「ライトノベル」へ深くコミットする条件となります。 ライトノベルは基本的にキャラクターを文字で表現します。萌えイラストはついてはいますが、キャラクターを語る上ですでにビジュアルは本質的ではなく、「ツンデレ」といった内面造形に関わる"概念"こそがキャラの本質と認識されるようになります。文字媒体で情報伝達が行われるライトノベルはblog文化と親和性が高く、ビジュアルではなく内面造形へ関心を注ぐオタク層は、blogでライトノベルを語り始めることになります。そういう状況において、内面造形と切り離された「メイド」や「メガネ」といったビジュアルは、一般層向けに劣化してしまった単なる消費財として"語り"の対象からは後退していくことになります。 ううむ、なるほど。これまで考えたこともなかったけれども、この説は(1)ライトノベルへの注目の高まり(2)blogでの"語る対象"と"語り口"の変化(3)ビジュアル的「萌え」の一般層への拡散とオタク層の退却といった現象を有機的に連関づけて説明していて、なかなか説得的です。 そしてこの説が正しいとすれば、次の課題は、オタク層が撤退気味なビジュアル萌えである「メガネ」が今後とるべき戦略策定と、その戦略的根拠となるべき「blogとライトノベル、すなわち文字媒体における眼鏡」に関する事実認識となります。次回以降の「委員長」でも、こういった課題を見据えて未来を切り拓く場としていきたいと思います。 「委員長」出演のCutie Paiさんのラジオとポッドキャスティングで「委員長」が話題になっています。『屈折リーベ』を読んだ話題や舞台裏のことなど、とにかくメガネ愛が電波から溢れ出ているので、ぜひ。 ▽animateTV『Cutie Radio』第91回 ▽『Cutie ぽっどきゃすてぃんぐ』第10回「まゆちゃんのメガネサミットの回」 昼の部§4では、眼鏡っ娘にどうして緑髪が多いのかについての疑問に対して、フロアから重要な指摘がありました。メガネに対して金髪やピンク髪では軽くなってしまうけど、かといって黒や濃紺では他のキャラクター全体とのバランスが悪くなり、緑に落ち着いていくメカニズムがあるのではないかという御指摘です。『ときメモ』の如月さんからマナマナに至るまで、メガネというと緑髪というイメージが強いんですよね。たとえば全年齢向恋愛ゲーム『あすは恋して』に神咲さんが声優で眼鏡っ娘の声を当てているのですが、やっぱり緑髪なのでした。 夜の部はアニメ会さんの総合司会でスタート。アニメ会さんは眼鏡キャラONLY同人誌即売会『眼鏡時空』第2回での眼鏡トークを観て初めて名前を知ったのですが、昨年出版の『眼鏡っ娘大百科 昼の部は主に三次元眼鏡動画を鑑賞したので、夜の部は二次元眼鏡を用意しました。まずは『女子高生girl's high』第10話「メガネメガネメガネ!」を鑑賞。ちなみに能登麻美子演じる眼鏡っ娘佐藤綾乃はやはり緑髪です。第10話では、「私が好きなのか、メガネが好きなのか?」というメガネスキーが抱える宿命の大問題が正面きって扱われます。この問題は一般的には「普遍名詞/固有名詞」問題として現出し、いろいろな形で数百年前から哲学や倫理学の大問題として議論されてきている(近年では社会学者大澤真幸の『恋愛の不可能性について 続いて鑑賞したのが『あさっての方向。』。ぼくは放映開始当初は観ていなかったのですが、アニメ会の国井さんのパンフ用原稿を見て、慌てて録画していた同僚から借りて第一話を観ました。これは確かに「ふはぁ」となります。その感動はパンフレットの国井さんの文章にあますことなく書かれていますので、ぜひそちらをご参照ください。原作のマンガも、アニメ放映開始前からこの作品に注目していた李紅蘭さん(中の人などいない)に勧められて読みました。アニメ版とはいろいろディテールが異なっていますが、いいメガネであることに違いはありません。 さらに続いて『ウルトラマンメビウス』を観ました。アマガイコノミ隊員が眼鏡ですごいことになっているのです。こちらも放映開始当初はまったくノーマークだったのですが、4月のLNF(眼鏡がテーマ)で作家の富永浩史さんと葛西伸哉さんに大プッシュされてから観るようになりました。いやあ、勧められて良かった。 まずメビウス自体がウルトラマンシリーズとしてたいへん丁寧に作られていて、特撮としての基礎がしっかり確立していて、その確固とした世界観の中で眼鏡が燦然と輝いていることが重要なのだと思います。コノミ隊員がミクラスやエレキングと交流する姿はたいへん説得力があります。 で、「委員長」ではそのなかでも特に眼鏡が鍵として重要な位置を占める第4話、第16話、第28話をピックアップしました(それぞれ4の倍数なのは、たぶん偶然じゃないと思います。4の倍数の回は、コノミ隊員が活躍する場面が多いです)。 第4話は、コノミ隊員とミクラスの回。セブンをリスペクトした「でゅわ!」という演出があります。眼鏡が「勇気」の象徴であることが証明される回です。 第16話は、なんとコノミ隊員がコンタクトレンズにしてしまう回。しかしメガネを外したとたん、地球に怪獣はやってくるわ隕石が降り注ぐわ、いきなりたいへんな危機に陥ります。そしてコノミ隊員がメガネをかけなおしたとき、地球に真の平和が訪れます。眼鏡が「平和」の象徴であることが証明される回です。 そして第28話「コノミの宝物」は全世界のメガネスキー必見の大傑作です。この傑作については必ず後世まで末永く語り継いでいかなくてはなりません。DVD第7巻に収録されますので、未見の方はぜひご覧いただきたいと思います。ウルトラマンが「眼鏡が大切なんです!」と主張する姿を見てください。眼鏡が魂の象徴であることが証明される回です。 そんなわけで現在放映中のウルトラマンメビウスも次第にクライマックスが近づいてきています。コノミ隊員の活躍から目が離せません。 夜の部§2はCutie Paiさんのライブです。委員長でライブというのは初の試みで、主催であるぼくにステージ構築の経験がまったくなかったのでどうなることかと密かに心配していましたが、リハーサルを見て、プロの方に任せておけば間違いないとすごく安心したのでした。 ぼくがCutie Paiを知ったのは、animate池袋で開催された『G-onらいだーす』DVD発売イベントでした。G-onといえばオール眼鏡っ娘アニメとして知られておりますが、そのED『Yell』と挿入歌『reflection love 「委員長」でのライブ構成は、「Hello!CutiePai」「Reflection Love」「恋の季節と君と僕」「おでかけまゆちゃん」「電撃マ王さま」「Yell」の6曲でした。主催者のワガママで特にぼくが好きな曲ばかり入れてもらいました。役得。特に「おでかけまゆちゃん」は絶対に聴きたくて断固として入れることを主張していたのですが、実はライブで歌うのはこれが2回目ということで、生で観られた人はたいへんレアな体験をしたと思います。ぼくも新メンバーが歌うのを見るのは今回が初めてで、すごく楽しみにしていました。 ライブは毎回恒例の「Hello!CutiePai」でスタート。ライブ毎にいろんな趣向が凝らされています。「Reflection Love」を聴くと、思わずコスモ番長が地球に落ちていく図が浮かんでしまいます。ぼくは出演者控え室のモニターで観ていたのですが、睡眠不足のために大人しく座っていたはずの伊藤伸平さん(40時間寝てない)が次第にヒートアップ、「恋の季節と君と僕」が始まると「まゆちゃんの膝が入っているのが素晴らしい」と素人には理解不能な講評を繰り返しつつ、「肩が赤くなるまで叩くんだ」と「ぱんぱぱんひゅー」講座をしてくれました。 アニメ会さんのMCも軽妙で、Cutie Paiの魅力が引き立ちました。なんとなく生々しいトークが多かったような気がするのもご愛嬌、すごく短い時間だったのにCutie Pai3人のメンバーのそれぞれの個性と役割と関係が解るトークになっていておもしろかったです。まゆちゃんがきわサンとチッチにかけさせるために眼鏡をたくさん持っていって似合うのを選んだとき、チッチが眼鏡を落としてしまって、思わずまゆちゃんが「ばかっ」て言っちゃうとことか、情景が目にうかびます。 ライブ後半は「おでかけまゆちゃん」でスタート。眼鏡名曲です。曲はヘビーローテーションで何度も聴いていましたが、ダンスを観るのは初めてでした。眼鏡のかわいさが際立つ振り付けでドキドキします。フロアもこのあたりからスイッチが入ったみたいですが、控え室でも伸平さんが「いいステージに仕上がってきたぁ」と叫びつつ睡眠不足なくせに踊りだしたり、夜羽音さんが「これはイイ!」と連呼したりしてテンションが上がりっぱなしでした。圧巻は「Yell」。いやぁ、あそこまでしてくれるとはまったく想像もしていませんでした。メガネがキラキラ。「恩寵の扉(by Robert Fripp)」が開くとはまさにこのことを指すのだと実感した瞬間でした。 現在発売中の『電撃マ王07年1月号 メガネっ娘居酒屋「委員長」2006夏−総括(2006年9/1) 今後の展開に繋げるためにも、蓄積された知識と経験を確認し、到達点を明白にし、今後の課題を認識することが必要になります。 イベントは三部構成で行いました。それぞれに「過去/現在/未来」というテーマを設定しましたが、順番通りに進行せずに最初に「現在」を持ってきたのは、いま置かれている状況を自覚してこそ過去を振り返る意味があると思ったからです。課題を自覚せずに過去を振り返ると、単なる懐古趣味になります。懐古趣味それ自体は否定されるものではありませんが、今回のイベントでは未来志向を持って過去を見ようと構想した以上、単なる懐古趣味は避けねばなりません。 で、「現在」の状況としてやはり最も重要なのは、三次元メガネの流行です。アイドルやシンガーソングライターが眼鏡をかけることがこれほど肯定的に受け止められた時代はかつて存在しませんでしたし、明らかに「ブーム」と認識されてテレビ番組でメガネ特集が組まれるなどとは2年以上前には想像もつかなかったことです。 そのような状況にあって、確固とした信念を持ってメガネに取り組み続けていた『ビジョメガネ』について考えることは、「現在」の状況を自覚する上で必要不可欠だと考えました。企画・編集の益子さんに出演を快諾いただいた時は、これでイベントの半分は成功したとホッとしたものです。 そして実際に伺った話は、想像していた以上にスリリングで興味が尽きないものばかりでした。具体的には、企画誕生の経緯(風俗にメガネを持っていく友人の話)、撮影時の話(重要な「反射」は巨匠カメラマンにも邪魔させない)、メガネチョイスの話(ばっちりフィットするよりも、ちょっと浮いていたほうがよい)、グラビアとしての様々な工夫(日常観を出すための工夫、眼鏡レス写真をつけた狙い)、各種業界への派生(UDONでの眼鏡チョイス等)、アングルに関する話(上目遣いを所望するのはS。オレのことか!?)などなど、どれもこれもたいへんおもしろい話でした。 それら具体的な話を通じて感じたのは、マニアのみならず一般層にも通用する絵を追究する姿勢でした。現在のブーム的状況を作っているのは明らかにマニアではなく一般層への広がりなのですが、一般層へ訴えかけるためにはマニア的視点を一度離脱しなければなりません。特に『ビジョメガネ』は一般雑誌へ掲載されている以上、マニアだけを相手にするわけにはいきません。そして一般性を追究する中で、単なるグラビアとは違うメガネとしての「個性」を深める努力も同時に行わなければいけないわけです。 この時点で取り得る立場がいくつかに分裂します。「マニアの領域に留まるべきだ」という立場と、「より一般に拡大すべきだ」という立場です。このような立場の分裂は今に始まったことではありませんし、眼鏡界のみならずあらゆる場面で発生しているわけですが、いよいよ各人が漏れなく立場の選択を突きつけられる時代が来たことが、まさに「現在」の抱える実践的な問題なのでしょう。『ビジョメガネ』のように、マニアの領域を突き抜け、一般性を追求しながら個性を模索していくという姿勢は、現代における一つの模範的な立場を示しているように思います。(付言しておきますが、「マニアに留まるべき」という立場を否定するのではありません。その方向での追究と進化が一般性を帯びることは必ずあると思います)。 そんなわけで、今後の益子さんの仕事もたいへん楽しみなのです。 三部構成の二部目は「過去」ということで、コミケのサークルカットにおける眼鏡キャラ率から1995年に転換点があることを示しました。事実としては明白なのですが、一人で考えていても理由がよくわからなかったので、この機会を利用して各界の識者に理由を考えてもらおうと目論んでいたのでした。「プレステでギャルゲが普及し始めた時期と一致する」という桜坂さんの指摘が示唆に富んでいました。ギャルゲー等で「複数のヒロインがいるとき、そのうち一人が眼鏡」という様式は既に存在していました。たとえば『卒業』のリリースが1992年です。ただ、PC98を中心にリリースされていた美少女ゲームはマニア層には普及しても、一般層には広がりにくかったのかもしれません。その状況を変えたのが1994年11月のセガサターン発売、さらに1994年12月のPlayStation発売というのは、言われてみればなるほどの事実です。眼鏡っ娘が1995年から2000年まで拡大し続けるのは、確かにプレステの生産出荷台数の伸び(右上グラフ参照)と比例しているように見えます。21世紀に入ってからの「高度安定」(あるいは頭打ち)とも一致します。 この説明が当たっているとすれば、90年代後半の眼鏡っ娘の伸びが「複数ヒロイン制度」の確立の過程と一致するということなので、「複数ヒロイン制度」の論理的な解明が本質に迫るための不可欠な作業になります。 一人で考えて煮詰まってましたが、えらく見通しが良くなった感じです。 三部目は「未来」ということで、SF者に集結してもらいました。西川魯介師もSFフェチの人ですしね。で、例によってかねてからの懸案を各界識者に聞こうと目論んでいたのでした。懸案というのは、「近眼が克服されるほどに科学技術が進歩したとき、メガネは果たして生き残るか」という疑問です。 この疑問に対する野尻さんの二方向からの解答がたいへん説得的でした。まずひとつは、「感覚器官の集中した頭部につけるインターフェイスとして眼鏡の優位性は揺るがない」というもの。仮に近眼が克服されるほどに科学技術が進歩しても、それと比例するように外部感覚拡張器としての眼鏡も発達し(たとえばドラゴンボールのスカウターのような機能がついたり)、眼鏡というアイテム自体がなくなることはないということです。おおー。 2つ目は、スペースコロニーに関して。コロニーは熱を放出するより吸収するのが楽なので、内部気温は高めに設定されるほうが合理的ということです。となれば、クールビズということで、薄着になった方が合理的です。が、ガンダムなどを見ても、コロニー内でクールビズが流行しているようには見えません。これは「文明(civilization:普遍的なもの)/文化(culture:特殊的なもの)」の違いから説明できます。科学技術が進歩するのに伴って、文化も発達していきます。科学技術がスペースコロニーを可能にしたときも、服を脱ぐ方が合理的だからといって、発達した文化が服飾慣習を廃棄することはないわけです。この理屈から考えて、眼鏡という文化が十分に発達すれば、眼鏡がなくなることもありません。うむー、なるほど。 そうであってみれば、ますます文化としての眼鏡の確立が重要だということになります。「眼鏡が描かれることの必然性を常に追究する」という桜坂さんの言葉が力強かったのでした。 メガネっ娘居酒屋『委員長』冬季−総括:2003.1.25 メガネっ娘居酒屋『委員長』についての反省と総括:2002年9月9日(16日に追加) めがねっこフェスティバル参加してきました! 21世紀めがねっこイベント連続開催の中日。5/20はめがねっこフェスティバルの日。コピー本すら持っていかないという前回のヘタレぶりを反省し、今回は無料配布パンフレットを作成することを決意。そして印刷が終わってから調子に乗って篆刻をはじめたものの、これがなかなか大変で、朝3時まで起きているハメになる。わしは徹夜できんのじゃ。おやすみなさい。 ということで、会場でハンコを押し続ける。これは、なかなかみっともない。 今回の楽しみも眼鏡っ娘撮影(←前回、大いに味を占めたらしい)。そしてまたもや救いのますべ氏登場。ほんとにありがたいです。そのうちお返ししなきゃいかんです。 で、今回はコスプレ投票も行われて、盛り上がりました。やっぱり、司会の子も眼鏡かけないとダメだとは思ったけど。だて眼鏡をいくつか持ってきていたから、貸してあげれば良かったなあ。あと、眼鏡っ娘は上からのアングルで上目遣いをしてもらいたいんだけど、ああいう撮影形態だと下からのアングルになってしまう。普通のカメラ小僧は下からのアングルで喜ぶかもしれないけど、眼鏡っ娘ファンとしては上からのアングルも可能になる形態を模索しなきゃいけないと感じた次第。 サークルでは、glassesに参加していたサークルもたくさん来ていましたが、初めてのところもたくさん来ていました。眼鏡友の会E..Cさんとは久しぶりに会ったのですが、相変わらずのハイテンションでいい感じでした。またよろしくお願いします。しかし、前回も今回も、コミケの時よりもたくさん買い込んでいるのは、まあ、当然と言えば当然の事態ではあります。相互リンクを張っていただいた方で初めて直接お会いできた方もたくさんいました。有意義な時間です。 Glassesのときもたくさんの参加者で賑わっていましたが、めがねっこフェスティバルも大入り満員で大盛況でした。同志がこんなにたくさんいるのだと思うと、勇気が出ます。サークルの数も増えて、個性あるめがねっこが数々登場して、いよいよ豊富な文化を形成しつつあります。コスプレのポージングを見てても、眼鏡を魅力的に見せるための技法がどんどん洗練されていくのを感じます。めがねっこという領域で、多様性の美を感じることができるようになる時代が来るとは、数年前には想像もつきませんでした。この豊富な多様性から、他のさまざまなジャンルに接合していく新たな可能性と試みが数多く生まれる予感がします。他ジャンルへの接合と包摂という可能性がめがねっこの中でも特記されるべき個性だということが、いよいよ実感されます。新しい時代が到来する中、めがねっこがその核として活躍していくことを思うと、心が躍ると同時に、わし自身もヘタレてる時間なんてないなあと思います。 終了後は、相変わらずの打ち上げ。カラオケでは新たな藝がいろいろ開発され、かなりタイヘンなことに。 来月もこの調子で、日本眼鏡化計画! Glasses参加してきました! |
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