めがねの言霊
ことばには霊が宿る。さあ、眼鏡っ娘を褒め称える真言を唱えよう! そこに真実が降臨する。

ぼくはミスめがねのそぼくなさっちゃんが大好きさ!!

 山岸凉子の1970年の作品「ミスめがねはお年ごろ」より。
 さっちゃんは田舎から出てきた女の子で、あだなは「ミスめがね」。しかし、実はメガネをとると美人だった。ところが、主人公の男の子はそんなさっちゃんを気に入らない。結局、素直で素朴なメガネをかけたさっちゃんを好ましく思うのだ。最後、さっちゃんは誕生日プレゼントにコンタクトレンズをもらうが、主人公はそれを棄ててメガネをかけさせる。そのときに言ったせりふがコレだ。

メガネはきみの魅力だぜ

 くらもちふさこのデビュー作、『メガネちゃんのひとりごと』より。別冊マーガレット1972年10月号掲載。
 くらもちふさこは、押しも押されぬ少女マンガの第一人者で、25年以上に渡ってコンスタントな人気がある大マンガ家だが、そのデビュー作はめがねっこマンガだったのである。めがねっこマンガでデビューした作家は他に萩岩睦美や吉野朔実などがいるが、いずれも高い人気を誇るマンガ家である。さすがめがねっこ。
 さて、その『メガネちゃんのひとりごと』だが、主人公は自分がメガネだということにコンプレックスを持っている。そして、メガネをはずす努力をしたりする。しかし、ヒーローの男の子は主人公がメガネだからこそ好意を持っていたのだ。メガネに対してコンプレックスを持っていることを吐露する主人公に対してヒーローが優しくかけるのが「メガネはきみの魅力だぜ」という言葉だ。さすがネームの魔術師、くらもちふさこの真骨頂といえるだろう。
 現在新刊で入手可能なのは集英社文庫『わずか5センチのロック』収録版。

メガネしてるからあんたなんだろうが

 耕野裕子の1980年の作品、「ほんの少し抵抗」より。
 主人公のまどかはメガネを苦にしてなんとかはずそうと努力する。そんなまどかに、ヒーローの男の子が言うのがこのセリフ。まどかはこれに対して「そんな事いっても男の人だって女の子は顔がいいのやメガネしてないのがいいっていうじゃない!」と叫ぶが、男のほうは「それは人間のできてない男のいうセリフ」と問題にしない。まさにこの男の言うとおりで、「メガネはずしたほうがいい」などと言うヤツは、ただの人間のクズである。
 耕野裕子は、1980年頃から『ぶ〜け』などで活躍し、現在も複数の出版社でマンガを描いている人気作家。代表作『CLEAR』など、青春の壊れやすい感性を見事に描ききった傑作が多い。

オレはおさげとまんまるメガネの女の子が好きなのーっ
 河村美久の1980年の作品「やさしさ半分二人で一つ」より(単行本『ちょっと初恋』所収)。
 主人公のめがねっこ吉村多枝子は委員長。ほんとは激しくドジだけど、委員長だと頑張ってしまい、素直になれない。ところが委員長には美人な妹が。委員長が想いを寄せていた青木くんも、その美人な妹のほうに惹かれてしまう。でも、委員長も眼鏡をとったら妹そっくりの美人に。委員長は、妹になりすまして青木くんとデートを重ねる。でも、それは委員長にとって辛い日々だった。メガネをかけた本当の自分を好きになってもらいたい……。そのめがねの神通力は必ず通じる。青木くんは、ほんとはドジな委員長をいつも陰から見守っていた。青木くんは、委員長が妹になりすましていることを知らず、ほんとうは委員長のことが好きだったと告白する。
 上のセリフは、青木が非めがねの妹とつき合っていると思っていた友人に言ってやったセリフ。そうだ、我々はまんまるメガネの女の子が好きなんだ!

今、サンデーは危機的めがねっ娘不足なのです!!

 週刊少年サンデー2000年10号掲載、久米田康治『かってに改蔵』第85話「めがねっ娘、世にはばかる」より。
 久米田の指摘どおり、サンデーの危機的めがねっ娘不足は、憂慮すべきものがある。特に高橋留美子、あだち充など、看板作家がめがねっ娘をほとんど描かないのが致命的だ。アラレちゃんという優れためがねっ娘を生み出したジャンプを見習ってほしいところだ。チャンピオンも、三四郎をはじめとして、優れためがねっ娘を数多く排出している。サンデーの主役めがねっ娘といえば、岡崎つぐお『どきどきハートビート』の百瀬さやかくらいか? (『人類ネコ科』は、けっこういいセンいっていたが……)。
 だが、その危機的状況の中で、ひとりサンデーめがねっ娘の牙城を守っている作家がいる。それが、石渡治だ。『B・B』には準レギュラーに2人のめがねっ娘がおり、眼鏡に対する情熱の片鱗をうかがわせたが、その眼鏡才能は『Love』で開化した。このマンガには、名前があるめがねっ娘キャラだけで5人登場する(『勝手に改蔵』では4人となっているが、ほとんど眼鏡をかけていない森岡真理を除外してカウントしている可能性がある)。また、名前が出てこないものの、マキノ先輩の妹などワキすじキャラもよく眼鏡をかけている。単行本6巻の表紙は、眼鏡キャラ(ドリさん)のフィギュアが飾っていた。きっちりフィギュア用の眼鏡もつくってある。また、ラブ公がダテ眼鏡をかけはじめた後は、背表紙のラブ公もきっちり眼鏡をかけている。すばらしい。また、めがねっ娘だけでなく、めがねくんキャラはさらにたくさん描いており、めがねくんファンへの配慮も怠っていない。さらに、その後の連載『パスポート・ブルー』でも、めがねっ娘を猿轡にして監禁し、服を裂いて恥ずかしい写真を撮るなど、パワーはまったく衰えていない。他の作家にも見習っていただきたい。ということ で、さっそく見習ったのか、サンデー同号に掲載された『メガネ・デイズ』はきちっとめがねっ娘マンガだった。
 『勝手に改蔵』自体の眼鏡描写だが、セルフレームの陰をきちっと描くなど、細部にも気を遣っている。また、山岸凉子の「ミスめがねはお年ごろ」ネタなど、押さえるべきところはきちっと押さえてある。「三つ編み」に対する見解に関しては諸説あるところだろうが、全体的にかなりの高レベルである。絶賛を惜しまない。これを機にめがねっこをレギュラー化させてほしいところだ。
 あと、サンデーには、ダンドーのお姉さんにがんばってもらおう!
(※補足:次の号のサンデー「かもしか!」には、めがねっこマンガ家が登場した。やってくれるぜ!)
(※補足2:サンデー2000年28号に掲載の、ゆうきまさみ「じゃじゃ馬グルーミンUP!」STEP268では、たづながめがねっこになった。すばらしい。)
(※補足3:ネタ元についての考察サイト。)

この惑星にもメガネはあるのね…

 克・亜樹が1994年から『少年エース』誌に連載した『天空のエスカフローネ』より。アニメ版はメガネじゃないので、却下。
 何気なく見過ごしそうなことばだが、実は非常に多くの含蓄がある。主人公のひとみが辿り着いた惑星は魔法の世界である。近眼など、魔法で簡単に直せるはずだ。しかし、それでもメガネは存在するのである。なぜか? そう、かわいいからだ! 魔法で簡単に近眼が矯正できるにもかかわらず、ビジュアル的に美しいからメガネが存在するのである。
 地球でも、メガネは12世紀頃発明されたが、悪魔の器械として忌避されていた。自然の視力を矯正するというのは、神の摂理に逆らう悪魔の技術だったのである。そのため、メガネ発明者の名は現在まで伝わっていない。嘆かわしいことである。しかし、美は迷信をうち砕く。めがねっこの美しさが迷信を打ち破り、メガネをここまで普及させたのだ! そう、この惑星にメガネはあるのだ!! ありがたいことではないか!

久里っぺってめがねはずすと……
まのぬけた顔になるなあ……


 舟木こおのめがねっこ傑作「メロウシトロン」(『あこがれかよい路』所収)より。
 主人公の久里は、にきびそばかすめがねちゃん。で、めがねをはずしたらかわいくなれると勘違いしている。大いなる勘違いである。その勘違いをうち砕くのが順平くん。怪我をした久里を保健室に連れていき、めがねをはずした顔を見たときに言ったのが上記のセリフだ。そう、めがねがあるからひきしまった顔になっている。めがねをはずしたらなんにもならないのだ。彼の続く言葉を見てみよう。「やっぱしめがねかけた久里っぺがかわいいとおもったから」。これだ。男なら、こうだ! そして最後、めがねをかけた久里に、幸せが訪れる。やはりめがねだ! 他にもめがね名言が続出の名作。すばらしいぜ!

眼鏡かけたまま泳ぐくらいこんじょーでガンバリます!

 高河ゆんの1988年の単行本『マインドサイズ』所収の特別書下ろし作品「グラス・マジック−ガラスの海−」より。
 主人公の春海はいじけめがねっこ。「この眼鏡外せたら全部うまくいくんじゃないか」などと妄想を抱いている。これではいけない。眼鏡をはずしてしまったら、なにもかもうまくいかないぞ!ということで、眼鏡をはずさなかった春海ちゃんには、最後にちょっといいことがあるのでした。水泳部に入っても、ぜひ眼鏡をかけたまま泳いでほしい。
 高河ゆんは、ご存じ「やおい」の第一人者。しかし、めがねっこまんがもきっちり描いている。だからこそ第一人者になれるのだ。最新作『クロニクル』も、めがねっこやめがねくんが満載だぞ!
※追記:2005年春、なぜか高河ゆん氏御本人とお話しする機会に恵まれ、思わず「眼鏡かけたまま泳ぐ話が大好きです!」と言ってしまったが、温かく受け答えしてくださった。いい方だ。

「やっぱ亜紀子メガネの方がいいよ」「そーだそーだ」「なんかちょっと足りないのよねー」

 1978年から1980年にかけての『花とゆめ』に連載された酒井美羽の作品『通り過ぎた季節亜紀子のカレンダー』より。今回取り上げるのは、その中でも「コンタクトレンズ騒動記」と名付けられた傑作の回である。
 主人公の亜紀子はめがねっこ。それを、なにを血迷ったかコンタクトレンズにしようとしてしまう。コンタクトにした亜紀子を見た級友達が言ったのが上記のセリフ。メガネのほうがいいに決まっている。なんかちょっと足りないどころではない。メガネが足りなければすべて台無しだ! しかし、神は亜紀子を救った! コンタクトレンズは壊れ、亜紀子はメガネを取り戻したのだ! 亜紀子は、自分がなるべくしてめがねっこになったことを自覚するに至る。めがねだからこそ自分なのだ! めがねっこに戻った亜紀子を級友達は暖かく迎える。「やっぱりメガネの方が亜紀子らしくていいよ」。やはり解っている友達はいる。「"メガネの亜紀子"それでもいいじゃん。私は私なんだものね」……そう、これがめがねっこだっ!
 亜紀子のカレンダーシリーズは、角川書店から復刻されていて、比較的手に入りやすい。全3巻、めがねっこに満たされた至福の名作である。先生に襲われそうになったり、自殺しようとしてみたり、タバコを吸ってみたり、レズにキスされたり、交換日記をしてみたりと、たいへんなエピソードがてんこもりだ!

こっちにとっちゃ"メガネは顔の一部です〜♪"なのよ!

 大野潤子の1991年の作品、「点目の気持ち」(『白花幻燈』収録)より。
 これは、メガネをはずすと点目になってしまう女の子が主人公のストーリー。上に引用した言葉は、「コンタクトにゃ見放されメガネなしじゃ生きられない、眠るときしか外せない、こっちにとっちゃ"メガネは顔の一部です〜♪"なのよ!その一部を外したらマがもたない地味な点目顔になる奴だっているんだから悪かったわねっ!!!!」というセリフの一部である。で、恋の相手はめがねくん。そのめがねくんも、めがねをとると点目顔になってしまうのであった……。
 大野潤子は少コミ系で活躍している中堅マンガ家。しばしばめがねっこを描いてくれるので評価は高い。が、一般には、この系統の作風では、川原泉のほうが人気が高い。川原泉はめがねっこを描かないので、大野潤子にはもうちょっとブレイクしてもらいたい。

さあっ おとなしくこのメガネをかけるんだ

 えにぐまなみの1994年の作品『よよぎ−よよぎのじじょう−』より。主人公の上原よよぎは、ひょんなことから幽霊と同調してしまう。メガネをかけているうちは上原よよぎの人格のままだが、メガネをはずすと幽霊−八幡よよぎの人格に変身してしまうのだ。上記のセリフは、この事実に気がついた渋谷道玄が、八幡よよぎにメガネをかけさせようとした時に発したもの。しかし、事情を知らない人間にとっては、めがね好きの人間が女の子に無理矢理メガネをかけさせようとしている図にしか見えない……。まあ、いいことか。
 えにぐまなみは90年代前半に『ぶ〜け』でデビューした期待の中堅。最近は『ぶ〜け』の堕落で苦戦しているが、ぜひがんばってほしいものである。

そ…それ 唯のメガネ!!

 偉大なるめがねっこマンガ家、田渕由美子の1975年の作品、「雪やこんこん…」より。現在比較的入手が容易な所収単行本は『田渕由美子全作品集 I 摘みたて野の花』。
 主人公の唯はめがねっこ。幼なじみの昌平とちょっといい感じだが、メガネを外してオシャレをしても認めてくれなくて、ちょっと不機嫌。まあ、昌平君はめがねの唯のことが好きなので、しょうがない。ところがある日、唯は先輩に襲われて、メガネを壊してしまう。唯はなんとか逃げるが、深いショックを受けてしまう。昌平はそんな姿にすかさず気がついて「おまえメガネは?」と問いかける。唯は、ぼろぼろと泣いて逃げてしまう。唯を追っていった昌平は、唯のメガネを持っている先輩をみつける。上記のセリフは、そのときの昌平のセリフである。昌平はメガネを取り返すと、先輩を5発ぶんなぐり、泣いている唯の前にメガネをかけて現れる。かっこいいぜ! 唯はメガネをかけ直し、ハッピーエンド。
 田淵由美子の前にもめがねっこは存在したが、真のめがねっこを発見したのは田淵由美子である。物理学でいえばニュートン、ロックでいえばビートルズ、プロレスでいえば力道山、つまり、この人なくしてはなにも語れないという位置にいる、偉大なるめがねっこ作家なのだ。そして、本人自画像もめがね。すごいぜ!

はいメガネ きみまたわすれてたよ

 太刀掛秀子の1975年の作品、「P.M.3:15ラブ・ポエム」より。
 主人公のアッキは、「ド近眼のデカメガネ」と、メガネの自分にコンプレックスを持っている。そんなアッキも、3:15のバスに乗り込む男の子に恋していた。が、ある日、佐田くんという男の子にぶつかったことがきっかけで、佐田くんの奔放な性格に惹かれていく。一方で、3:15の彼のことも忘れられない。しかし、実は佐田くんと3:15の彼は同一人物だった! というのも、アッキは佐田くんの顔をちゃんとメガネで見たことがなかったから、同一人物だと気がつかなかったのだ。なるほど! 上のセリフは、佐田くんが、アッキの忘れためがねを持ってきたときに言ったもの。アッキは、ここでメガネをかけて、やっと佐田くんが3:15の彼だったことを悟る。そう、メガネがふたりをくっつける愛のキューピッドとなったのだ。佐田くんの「メガネの中のおっきな目がかわいいな」ってセリフも痺れるぞ。
 太刀掛秀子は、田渕由美子・陸奥A子とともに「おとめチック」マンガ創設者として有名。1970年代後半から80年代前半の『りぼん』の看板作家として大活躍した。そしてこの時期は、めがねっこ黄金期としても特筆されるべきであろう。
 太刀掛秀子『まりのきみの声が』は、ビジュアル的な面において70年代オトメチック少女マンガの最高峰の眼鏡っ娘を描いており、必見。めちゃめちゃかわいい。

ヘエ メガネ屋の娘が近眼かあ

 くらもちふさこの1975年の作品、「うるわしのメガネちゃん」より。上のセリフは、ヒーローが初登場の時にいきなり主人公に向かって発したもの。ヒーローにとっては当然ほめ言葉なのだが、主人公はコンプレックスを持っているためにカチンときてしまう。主人公はめがねをはずそうとがんばる。しかし、いろいろあった後、ヒーローにこう聞かれる。「ほんとうにメガネがきらい?さよならするのがさびしいんじゃない?」 主人公は、ここでやっとメガネが必要だったことに気づく。そして、再びめがねをかけるのだ。


レンズの向こうはしあわせ色

そうだわたしのメガネ……! あれがないと明日へのステップのさまたげ…

 大和和紀の1984年の作品『フスマランド4・5』より。
 主人公のカチコさんは超のつくカタブツ。当然めがね。しかし、フスマランドというワンダーランドに迷い込んだとき、めがねをはずして美人になってしまう……と、ここまで読むと、悪しきパターンかのように思われるが、そこは御大、大和和紀、単純なストーリーに終わってはいない。カチコさんが仄かに思いを寄せる星也くんは、素直で実直な(すなわちメガネの)カチコさんが好きだったのだ。そして、フスマランドで綺麗になっているカチコさんを見て幻滅してしまう。カチコさんは、反省する。めがねをとって美人になったとしても、ほんとうの自分を失っては意味がない。カチコさんは、ほんとうの自分(すなわちメガネの自分)を取り戻すことで、星也の心も取り戻すのである。
 大和和紀は、『はいからさんが通る』など、次々とヒット作を生んだ70〜80年代を代表するマンガ家。だからこそ、めがねの本質に迫る作品を描いた。いや、めがねの本質に迫る実力があるからこそ、数多くのヒット作を産み出すことができたのだろう。


おまえ絶対コンタクトなんかするなよ
メガネで充分だろ?

 藤井明美の1996年の作品『やさしい悪魔』より。主人公の十子(とおこ)は、めがねにコンプレックスを持っていて、コンタクトにでもしようかなどと誤った考えに陥っていた。しかも、幼なじみの渉(わたる)と9年ぶりに再会したが、いつも振り回されてばかりで、コンプレックスが増幅していた。そんな生活に嫌気がさした十子は、デートに誘ってくれた男にのこのことついて行くが、いきなり襲われそうになる。そこに颯爽と渉が登場。悪い男をギタギタにのした後、このセリフ。そして大団円。かっこいいぜ。
 藤井明美は別冊マーガレットなどで活躍中の中堅マンガ家。あまりメガネを描かないのでそれほど評価されていなかったが、この作品で株を大幅に上げた。




この機の名まえはパトリシア……
パティにはめがねをかけてやらなきゃ……

 少女マンガの名作、いがらしゆみこ作『キャンディ・キャンディ』より。
 パトリシア(愛称パティ)とアリステア(愛称ステア)は、めがねっことめがねくんのナイスカップル。しかし、第一次世界大戦が始まり、ステアは志願兵として戦地に赴く。ステアは自分の愛機にパトリシアと名前をつける。エンジンカウリングに、ちゃんとめがねを描きこむのだ。そのときのセリフがこれ。かっこいいぜ。しかしその後ステアは……。涙である。ひたすら泣け。
 『キャンディ・キャンディ』には、パティのほかにフラニーというめがねっこも登場。ざあますなめがねがなかなかキュート。



うぬぼれるなよ! メガネかけてたころのぶくんはもっとずっとかわいかったぜ!

 粕谷紀子の1986年の作品、『もうひとつ花束』より。SEVENTEEN連載。全2巻。
 主人公の「ぶくん」は、メガネの自分にコンプレックスを持っていて、はずしてキレイになろうとがんばる。が、好きな橋本君には「メガネかけてたほうが良かったな」と言われてしまう。橋本君は、めがねだからこそぶくんを好きだった。めがねをはずしてタダの傲慢な女になってしまったぶくんに幻滅したのである。ぶくんは反省する。「なんのためにかわいくなるの?たとえ地球上のすべての人があたしをふり返っても、橋本君が見てくれなければなんにもならないのに!」。ぶくんは再びめがねをかけ、本当の自分を取り戻す。橋本君は、そんな本当の女の子を受け入れるのだ。
 粕谷紀子は80年代を通じてSEVENTEENで活躍した少女マンガ家。一見無骨な線だが、しっかり描き込まれた画面が魅力。めがねっこマンガの他に、大河ロマンやSFまでてがけている。

オレさメガネのお姫さまが好きだよ

 緒形もりの1980年の作品「失恋メルヘン」より。
 主人公の茗子さんは、大好きな先輩と同じ高校に行こうとがんばったが、結局失恋。「あたしに残ったのはこのメガネだけ」とイジケる茗子。ひょうきん者の津田くんは「茗子さんはメガネにあうからいいけどね」となぐさめるが、「メガネのお姫さまじゃムリだわ」と、なかなか明るくならない。そこで、掃除の時間にポロっと落ちためがねを拾った津田くんが、茗子に言ったのがこのセリフ。一度は言ってみたいものだ。
 緒形もりは、1970年代後半から「別冊マーガレット」で活躍し、現在も「ヤング・ユー」で活躍中の、めがねっこに非常に優しいマンガ家。乙女チックめがねや双子めがねから目印めがねまで、数多くのパターンのエクセレントめがねを手がけてきた、80年代前半を代表する素晴らしいめがねマンガ家である。


このメガネ私だと思って大切にしてね

 島本和彦の代表作『炎の転校生』札幌なうまん高等学校編より。
 めがねの姉妹、中性子(ちゅうせいこと読むぞ)が、滝沢との別れに際し、自らのメガネを託したときのことば。滝沢は「いいのかいこんな大切なもの……!?」と驚くが、中性子はかけがえのないメガネを託し、笑顔で別れを告げるのだった。
 ところで、『炎の転校生』には、驚くほどたくさんのめがねっこが登場する。中性子の姉妹の陽子、戦闘フォーのミコ、城之内の彼女の久美子さん、灯学園の生徒(頻繁に登場)、滝沢のお母さん、初恋の相手の朱美ちゃん……。みな好待遇だ。さらに他の島本作品にもめがねっこは頻繁に登場する。しかも美人として。島本和彦は熱血マンガ家としても知られているが、めがねっこに対して非常に優しい作家であることは、いくら強調してもしたりないほど重要な事実である。

メガネをかけたきみって想像つかなかったけど、すごくかわいいや

 辻村弘子の1975年の作品より。単行本講談社KCフレンド『ユー・ミー伝言板』所収。題名は「親子三代メガネ美人」。ほんとにこういうタイトルだ! すばらしい!
 主人公はメガネにコンプレックスを持っていて、彼氏の前では絶対にメガネをかけないのですが、次第にその欺瞞性が明らかになってき、ついに矛盾が露呈します。しかし、メガネをかければ全て解決。コンプレックスはみごと溶けてなくなります。上記のセリフは、メガネをかけた主人公を見た彼氏がにっこりしてつぶやくセリフ。やっぱりめがねをかけなきゃダメなんですね。


あんたメガネなしだと目つき悪くなるからかけてた方がカワイイよ

 陸奥A子の1984年の作品「ステキなことばかり」より。りぼんマスコットコミックス『ため息の行方』所収。
 このセリフは、友人が主人公に言ったもの。主人公のみなみは、当然、めがねをかけたまま幸せになる。みなみは、昔のアルバムをみかえしながら「あ、このころからメガネをかけてるのね。あ、これは新しいメガネになってる」と回想したりもしている。お姉さんも色っぽいめがね。恋の相手はめがねくんだ! 陸奥A子は、70年代半ばから「りぼん」の看板を張った作家。表紙や巻頭を飾ることも多かったが、陸奥A子といえばなんといってもフロクである。70年代に少女期を過ごした人たちで、まだ大事に陸奥A子のフロクをとっておいてある人はそうとう多いらしい。現在も「ヤング・ユー」などで活躍中。

たかがメガネですって!?
 まつざきあけみの1970年の作品『天使のくれたメガネ』より。ユミちゃんは極度のはずかしがりや。大好きな島くんとしゃべることもできない。そこに天使が登場。魔法のメガネをくれる。このメガネをかければ、思い通りの夢を見ることができる。ユミちゃんは、メガネをかけて大好きな島くんの夢を見て楽しむ。しかし、いじわるなライバルの優子にメガネを割られてしまう。そこで島くんに「たかがメガネ」と言われたときの反応が、コレ。まるでこの世の終わりのようなショックである。まあ、メガネが割れては当然のショックである。
 ところで、作者のまつざきあけみはゴージャスな絵柄とストーリーで知られているマンガ家だが、1970年はこうだったのね……。
 マンガを貸してくれたサトーさん、ありがとうございました!

「由希は眼鏡っ娘をどう感じるかね?」
「眼鏡っ娘・・・」
「おや、その顔はマンザラでもないね、由希。そうなのだよ!眼鏡は!美少女に眼鏡は!昭和の昔から脈々と受け継がれてきた漢の浪漫!昭和浪漫なのだよ!歴史が証明する意義あるコスチュームなのさっ!!!!」

 アニメ版『フルーツバスケット』2001年11/15より。綾女の演説。説得力ありまくること、この上ない。できれば透くんも眼鏡をかけてほしかったところである。

ボクはどっちかっつーとメガネの袂が好きだな

 柳沢きみお『SEWING』より。1983年から85年まで『週刊少年チャンピオン』連載で、単行本は全11巻。
 主人公のケンゾーはデザイナー志望。ファッションショーのモデルを探していたが、適当な女性がいない。そこに登場したのが、めがねっこの神崎袂。袂とコンビを組んだケンゾーは、みごと優勝する。そしてケンゾーはデザイナー、袂はモデルの道を歩み始め、お互いに成功を収める。しかし、袂は事務所の方針でメガネを外すことにさせられてしまう。それを聞いたケンゾーが言ったのが上記のセリフだ。やはり、メガネのほうがいいに決まっている。
 柳沢きみおは、78年の『翔んだカップル』では「眼鏡を外して美人」という最悪パターンを描いている。『翔んだカップル』のヒット以降、少年マンガではラブコメが雨後のタケノコのように掲載されるようになる。少年マンガのラブコメに『翔んだカップル』が与えた影響は非常に大きい。少年マンガでこの最悪パターンが流行し始めたのは、『翔んだカップル』の影響なしには考えられない。最悪パターンを定着させてしまった罪は、万死に値する。だから天罰が下り、柳沢は大スランプに陥った。最初はコメディ色の強かった『翔んだカップル』も、次第に暗い内容となっていく。ついには連載誌を追い出され、書き下ろし作品として完結させねばならないハメに陥る。読む者はそのあまりにも暗い内容に、暗澹とした気分にさせられるだろう。柳沢の失敗は、「眼鏡はずして美人」という最悪のエピソードを採用してしまったところから始まった。眼鏡に対する無理解が大きな歪みとなり、柳沢をスランプに陥れたのである。
 しかし、柳沢は復活した。その復活の大きな要因は、やはりめがねっこである。『SEWING』でめがねっこを主役に据え、めがねの言霊を唱えることにより、大スランプから脱したのだ。柳沢は『翔んだカップル』連載開始以前、「オフロード」というめがねっこマンガを描いている。優等生で切れ長の瞳のめがねっこがヒロインの話で、青春の甘酸っぱい気持ちを描ききった佳作めがねっこマンガである。その初心を忘れ、柳沢は最悪パターンを描いてしまい、大スランプに陥った。自業自得である。そして復活のきっかけは、やはり眼鏡しかないのだ。